十八話 普通ではない獣と全力紳士
「水の中からオオカミっ!?」
普通オオカミは水棲生物ではないし、そんな特殊な獣を作った記憶もない。
「聞いてた通りの黒いのだ!」
けどソルが言った通り、農家のおじさんから聞いていた通りの外見だから、こいつがその黒オオカミには違いないだろう。
「本当に黒いな」
まだ距離もあるから、落ち着いて観察する。毛並みは黒、爪は黒、剥き出しにしている牙も黒。境界がわかり難いけど、こちらを睨みつけている目ももちろん黒だ。まるで景色の中に生じた染みのように見える。とにかく不吉としかいえない不気味な生物だった。
「仕掛けるから援護は頼む」
「うんっ!」
拳を握って軽く前傾姿勢になりながら宣言すると、ソルが元気よく返事をした。ソルにあげたロングソードを借りてもいいけど、このテスト・デ・バッガの能力からすると、素手の拳でも十分に戦える。あえて言うなら、魔法の触媒となる装備品を用意しておくべきだった。それがあれば、高威力の遠距離攻撃が出来たのに。
まあ無いものねだりはしても仕方がない。
「ガァッ――」
まだ水が滴る黒オオカミが口腔を開いて吼えようとしたところで、先んじて踏み込んで距離をつめる。
「ァァッ――」
「余裕で威嚇なんかしようとしてるから、だっ!」
驚愕に目を剥きながらも咆哮が止まらない黒オオカミの横っ面を殴り飛ばす。
「ギャィ」
踏み込みからの全力の正拳が直撃。しかし黒オオカミは池の縁までずり下がりながらも倒れることなく四肢で踏ん張って止まる。
「なんて頑丈さだよ」
うんざりした気持ちとわずかな恐れを言葉と一緒に吐き捨てた。素手で殴っただけ、とはいっても格闘術技能が十分に高いこの身体の拳は間違いなく凶器だ。武器を使ってスキルまで使ったレイジベアの時の『瞬刃一閃』には大幅に劣るとはいえ、見たところダメージがロクに与えられていないのはちょっと脅威だ。
「マスターっ!」
ソルの意図を察して一歩大きく跳び下がる。
空から降り注ぐ閃光と、水分を含んだ地面が灼ける音。
「ガウッ」
しかし、黒オオカミは素早い横っ飛びでかわしていた。ソルの『ソーラーレイ』でも少なくとも今のままでは当たってくれないようだ。
「ガァァッ」
「調子に乗んなっ!」
直後に飛び掛かってきた黒オオカミを正面から迎え撃つ。
「ガッ、グァッ、ガァ!」
「くっ、このっ」
爪で裂き、牙を突きたてようとしてくるのを、拳打と足蹴りで迎撃していく。格闘術技能が高いおかげで、こちらの手足が傷つくことは無い。けど一方で、相手の牙や爪が折れることもない。
「せいっ」
どすっという鈍い音とともに拳が黒オオカミの毛皮にめり込む。合間を縫うようにこちらの反撃は相手の胴体や頭部に何度か直撃させられている。
最初の一撃に加えて何度か攻撃を当てられているし、はっきりとこちらが上手だと思う。……だけど、それで大したダメージを与えられてはいないようで、黒オオカミの動きは一向に鈍らないし、定期的にソルが援護で放つ『ソーラーレイ』はやはりかわされてしまう。
決め手不足か……。スキル『デバッガー』を過信して準備を怠った報いとしかいいようがない。いや、武器があったところで、例えば今からソルのロングソードでスキルを使ってもかわされてしまうだけだろう。基本的にああいった技は放つ前に溜めがある。
とすると、単純に攻撃力不足か……、それならなんとかなるか?
「ソルッ」
「ソーラーレイッ!」
今度はソルが僕の意図を察して、距離をとろうとする僕を追う黒オオカミの鼻先へと破壊的な収束光を降らせてけん制する。
ゲーム『オルタナティブ』では基本的に単一の技能に絞って最大値を上げた方が強力なキャラクターになる。半端な魔法剣士は、極めた剣士や魔法使いには敵わない。――そう、基本的には。
クラフト系や便利系技能も必要な事を考えると、戦闘系は一種を極めるのが限界だけど、そこのセオリーを無視して戦闘系を二種極めると、その先がある。
つまり――
「着火」
本来は焚き火や松明を灯す程度の炎魔法の基本技を自分の両拳に行使する。
「ガッ!? グァァッ」
さっきのソルのけん制で距離をとっていた黒オオカミは面食らいつつも、すぐにまた襲い掛かってくる。
「残念、もう準備は出来た」
炎魔法技能が高いと本来の用途外にもこうして着火するようなことが可能となり、さらに格闘術技能が高いと、この拳はただの燃えた拳ではなく魔法的に強化された状態として扱えるようになる。両技能がそろって初めて使える魔法拳って訳だ。
「せいっ、やぁぁっ!」
気合いを込めて左、続けて右と振るった炎拳は、向かってきていた黒オオカミにちょうどカウンターで直撃。大きく後退させる。
「グ……、ガァァ……」
「ソーラー、レイッ!」
これまでと違って明らかにダメージが見て取れた黒オオカミへと、ついにソルも追撃を成功させる。
「ガァァァァァツ!」
これまでのうっ憤なのか、ここぞの気合いなのか、明らかに通常より太めの光線が黒い獣を捉え、眩い中へと取り込んでしまう。
「グッ……」
すぐに消えた光線の中からは、全身から煙を昇らせてふらつく姿があらわれる。
この期に及んでまだ立っているのは驚異的だけど、明らかにもう瀕死だ。
「炎剛拳」
一瞬の溜めの後、
圧倒的な破壊力が体幹から肩、腕、拳へと伝わり、最後に炎を巻き込みながら黒オオカミへと殺到する。
素手で生物を殴ったとは到底思えない、爆発音。
池の一部を蒸発させながら吹き荒れた拳圧は、ついにこの異常な強敵を動かぬ骸へと変えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます