十七話 黒い獣

 ――全身爪の先まで真っ黒なオオカミ型の獣がうろついているのです――

 

 農家のおじさんから聞いた話を思い浮かべながら、僕は首をひねっていた。

 

 「全身真っ黒っていってたな」

 「うん、いってたね」

 

 ソルも一緒に首をひねっているけど、僕と違って「いたのそんなの?」くらいの雰囲気だ。天候・気候に関すること以外は担当外だから、結局こういう情報については開発者である僕が思い出すか、データム・ツールで確認する以外にない。

 

 「不安?」

 

 いつの間にか前側に回り込んでいたソルが、覗き込むようにしながら聞いてくる。

 

 「ん……うん、なんとなく気になる」

 

 黒一色という不吉な外見がそう思わせるのか、知らない通行人や建物を見た時の衝撃とはまた違った動揺を感じていた。

 

 「あっちの方だっけ?」

 

 視線を前へと戻したソルが、歩みは止めずに向かう先を指差す。今は先ほどの農場からフスラ丘陵とガラガラ平原の境界線上に沿うように東進している。その先にある池の周辺が問題の中心地らしい。

 

 僕らがファストガから歩いてきた街道沿いならともかく、そこから外れた場所では、「黒い大きな影を見かけた」くらいの時点では依頼センターへの依頼もためらっていたらしい。そしてはっきりと黒オオカミを目撃した段階では、すでに農場周辺まで縄張りのようにうろつかれ、農家の一家も外へ出ることすら難しくなってしまっていたらしかった。

 

 「ああも真剣に頼まれると断れないし、それに無視して通り過ぎてからバッドエンドの後日談を聞くのは後味悪いしな」

 「そうだねぇ」

 

 今さら言い訳のように依頼を受けた理由をポツリと呟くと、ソルから気の無い返事が返ってきた。不満があるということではなくて、彼女としてはどっちでも良かったという表情だ。

 

 僕としてはゲーム『オルタナティブ』そのものではなくてもそれに近いこの世界には愛着があるし、そこに住まう人々は無条件に救いたいという気持ちがある。人族と魔族の対立もあるから、我ながら安易に助けるのも難しい情勢だけど、自分に直接向けられた声には応じたかった。

 

 一方で、ソルとしてはあくまで僕に付き従っているだけで、そういった感情はなさそうだった。というか、僕との旅そのものを楽しんでいるようで、その細部にはこだわっていない様子だ。こういう部分はソルの個性なのか、ツールとしての特性なのかどっちなんだろうな。

 

 「あれ……かな?」

 「ん? ……ああ」

 

 考え事をして伏し目がちになっていた目線を持ち上げる。そこは草原の草が急に途切れ、代わりに水が湛えられていた。聞いていた通り、小さいけど涼むのにちょうど良さそうな綺麗な池だ。

 

 「黒オオカミなんているか?」

 「“巨大な”って言ってたし、居たらもう見えそうだけどね」

 

 ある程度の距離まで近づいてきたけど、それらしい姿は未だ見えてこない。あの農場周辺まで縄張りにしているって事だったし、どこかをうろついてるなら、戻ってくるまでここで待ち構えてないといけないな。

 

 「ちょっと探ってみるか……」

 

 意識して索敵の技能を使う。こういうのは本来は自然と察知するのだろうけど、それがこの世界の理か、それとも僕がこれをまだどこか“ゲームのスキル”だと認識しているからか、内心で『索敵』っと意識しないとうまく使えない。

 

 ――って、あれ? これって……。

 

 「あ、れ? 何かいるぞ、それもでかいのが」

 「え、どこどこ?」

 「そこ……」

 

 僕が指さすと同時、それに反応したかのように、水中から水辺へと巨大な黒い毛並みのオオカミが、水しぶきの尾を引きながら飛び出してきた。

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