未来編・十二話 放たれる怒り

 「なんとかなりそうなんっすか?」

 

 レボテック社屋内の休憩室では田辺たなべが久しぶりに顔を合わせた出雲いずもへと無遠慮な質問をぶつけていた。

 

 「何か答えられると思うか?」

 「いや、思わないっすけど」

 

 悪びれる様子もない田辺の顔をしばらく見てから、出雲は小さくため息を吐いた。

 

 ゴーストとの繋ぎという、不本意ながらも殊勲の活躍をした田辺に対してであっても、社のスキャンダルといえる案件の極秘対策チームとしての仕事内容を言えるはずもない。

 

 「まぁ、だいたいお前も知っている通りだよ」

 

 しかし出雲の言った通りに、『DEUS』にまつわる今回の事件はもはや公然の秘密と化してしまっていた。

 

 「まじか……、あれとかもほんとなんすね」

 「……」

 

 田辺でなくとも得られるようなリークという名の噂話として、すでに色々と世間には真実の断片が出回ってしまっていた。「レボテックが秘密裏に『DEUS』を運用していたらしい」「何か問題を起こしたらしい」「随分昔にレボテックを去った『DEUS』開発者も怒っているらしい」などなど、他にもオカルト染みた内容のものまで加わっているものの、大体のところは的確な内容だった。

 

 「まぁ、秋吉あきよしさんうんぬんは、どっから出てきたかわからん噂だがな……。その辺はまぁ、ゴースト待ちの状況で、だから私は今こうして休憩中な訳だが」

 「いやそれも言っていいんすか?」

 「……知らん」

 

 ゴーストを仲介した田辺だからか、あるいは出雲も疲れて判断が鈍っているだけなのか、つい先ほど答えなかった情報の一部をあっさりと漏らしてしまった出雲に、むしろ聞かされた田辺の方が困惑する。

 

 「疲れてるなら、少しは休んだ方が……」

 「どちらにしろ気が休まらん――」

 

 珍しく素直な心配を見せる田辺の言葉に、出雲が渋面を作ったところで、耳元の小型端末が着信を知らせる。

 

 「――?」

 「どうした、何かあったのか?」

 

 通話を始めた相手を訝しみながらも黙る田辺の前で、出雲は頭痛でもしたかのように眉間に皺を寄せる。通信相手――ゴースト――の大声が原因だった。

 

 「うるさい、落ち着いて話せ」

 『だからそれどころじゃないんだって、やられた! 情報は掴んでいたのに!? 準備を整えてからそっちにも伝えて内外で一気に攻勢に出ようとしてたら先手を打たれた!』

 

 騒ぐゴーストの言葉の意味は出雲には理解しがたい内容だった。それはほとんどが事実や報告ではなくただの感想で、しかも支離滅裂だった。しかし出雲が改めて問いただすより前に、その情報は手持無沙汰から小型端末でニュースを見始めた田辺からもたらせることになった。

 

 「出雲さん……これ……」

 「は? なんだ、今はちょっとま……て……」

 

 通話中に話しかけてくる後輩を嗜めようとして、出雲の動きが止まっていく。そして釘付けとなった二人の視線の先、田辺の持つ小型端末の画面上では、出雲のかつての先輩秋吉による“犯行声明”が流されていた。

 

 『――よって私は、いやこちらの世界に生きる我々は、政府や会社の都合などというものでこの世界『オルタナティブ』が消されることなど断じて認めない! 既に準備は整った、世界の器サーバーに手を出そうとすればそちらの世界へ甚大な被害を与える手立てもある』

 

 出雲が見回すと、それはかなり大々的に広められた映像であるらしく、休憩室内はもとより、社の全体、いやおそらくは社会全体が空想異界オルタナティブからのテロリズムあるいは宣戦布告という前代未聞の事態にどよめいていた。

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