五十八話 いざ接岸

 「あれが……」

 

 遠くに見えている砂浜が大陸北端、ここからなら蛇族の集落まですぐだ。

 

 一応警戒して陸からはかなり距離を取りつつ北上してきて、そのおかげか見える範囲には魔族や黒い獣が待ち構えているということはない。

 

 「マスター」

 「うん、ここまでは順調だけど改めて気を引き締めていこう」

 

 声を掛けてきたソルに答えつつ、途中からは周りにいる皆に向けて言った。ソルだけでなくジオ、データム、マレもリラックスしつつも緊張感のあるいい表情をしている。

 

 ……けど

 

 「あいつ……ゴーストはどこいったんだ?」

 「さっきまで近くにいたんだけどな、何か気になることがあるから船室に一回戻るっていってたぜ」

 

 ジオが教えてくれたけど、何かの用事で一人になりたかったってことか。ゴースト――秋吉あきよし那由他なゆた――は僕たちも一度遭遇したあの黒幕スーツ男を秋吉はじめと、父だと呼んだ。さすがに思う所が色々とあるのかな……、いやあの飄々としたゴーストにそんな感傷があるようにも思えないけど、そうなるともっと別の理由か?

 

 例えば外部の協力者と連絡とか……? あいつの話を全面的に信じるならだけど、事態は既にゲーム『オルタナティブ』を荒らされて僕が気に食わないとかそういう次元ではないらしい。

 

 あの黒い獣が実はコンピュータウイルスで、しかも未来世界の現実側でこの世界そのものが巨大なウイルスにされようとしているっていうのが本当なら、その“外側”でも事態を何とかしようとしている人はいるってことだろうしな。

 

 まあそうなると一つ気になっていることがある。

 

 そんな大変な事態だっていうなら、普通に考えると仮想世界の一種、つまりはデータに過ぎないこの世界が黒い獣ごと消されていないのが不思議だし、何らかの理由でそれが不可能ならなぜ入り込んできているのがゴースト一人だけなのか。普通に考えれば大挙して押し寄せるはずだ。なにせそれで世界観が崩れることを気にするのなんてそれこそ僕やツールたちくらいなものなんだし。

 

 そういう不自然な点がちらちらと見え隠れしているから、現状でゴーストの言い分は半分くらいしか信じていない。正直にいうと、まだこの世界はいわゆる“異世界”で、僕は偶然に転移してきただけでこの身体は生きているという可能性もちょっと考えている。いね 慎太しんたはすでに死んでいて、テスト・デ・バッガ上にその人格を再現したAIが今の僕だなんて、すんなりと受け入れるのは難しい。

 

 「と、……ん?」

 

 考え事をしていたら、ちょうどゴーストも甲板にあがってきた。何かの用事は終わったらしい。けどどうも様子がおかしいというか、やや沈んだ様子で元気がない。

 

 「なにかあったのか?」

 「そうだね……、うん、君たちにも話しておいた方がいいだろうね」

 

 少しだけ悩む素振りをみせたけど、ゴーストはすぐに続けて口を開く。

 

 「ジブンが話した秋吉一のこと、その正体と、黒い獣ウイルス、それから現実世界側での計画、それが全部現実側の人間達にバレた。いや、バラされた、大々的な犯行声明として、ね」

 

 どういうことだ? ばれ……、つまりあの話はこれまで現実世界側には知られてなかったのか?

 

 「大部分が推理に過ぎなかったし、ジブンも表社会の存在じゃないんでね~。でもそんな悠長なことを考えていたのが見事に裏目にでたよ」

 「つまり……どうなるんだ?」

 

 とりあえずさっきの疑問の一つ、外から大挙して押し寄せていない理由はわかったな。これまではそんな大層な事態だと思われていなかったから、干渉も大したものじゃなかったと。

 

 「最悪の可能性として、親父の警告を無視して外側の誰かがサーバーごとこの世界を消してしまうことがある。対抗手段を用意した上での犯行声明だったみたいだから、その可能性は低いけど……。あと、要するに向こうの準備が整ったってことだから、この世界を君が作ったままに保ちたいなら、急がなきゃいけない」

 

 それはわかるし、十分に困った情報ではあるけど……。

 

 「それより、大変なことになるんじゃないか?」

 「何が?」

 

 聞き返すととぼけた返事で返される。

 

 「何って、事態が大きくなったなら、お前みたいに外からたくさんくるんじゃないか、警察とか政府関係者みたいなのが」

 

 言外に「前提の話が事実なら」というニュアンスをこめつつ言うと、ゴーストは困るとは違った少し言い辛そうな様子を見せる。

 

 「それはないよ、うん。……それはない。この『オルタナティブ』は生成時から独立稼働していて、基本的に外からの“ログイン”はできないようにされている。だからレボテック……サーバーの置いてある会社ね、からも入ってくる人はいないんだよ」

 

 おかしなことをいうな。それなら――

 

 「お前や、秋吉一は何なんだよ」

 「……」

 

 ゴーストの話は、外の人間は入れない、なのにこいつはここにいるってことになって、矛盾している。

 

 「ログインして操作するようなことができないだけで……、存在ごと入ってしまうことができないとは言ってないよ」

 「入って……って、この世界はサーバー上の仮想世界何だろう? 未来だと人間がデータに変身でもできるのか?」

 

 混乱する僕の疑問に、ゴーストは苦笑のような表情を浮かべて首を左右に振った。

 

 「ジブンは今の君と同じAIなんだよ、生まれた時からね。親父は人間だけど……、こっちにいるってことは『DEUS』の機能を応用して自らをAI化したってことだろうね」

 「そうか……」

 

 何と言えばいいのかわからないな……。ゴーストとはそれほどの付き合いがある訳でもないから、率直に言えば「ふぅんそうなんだ」くらいの感覚だ。実はAIだっていうことよりも、そんなものやこの世界のような仮想世界を生み出せる未来になっているってことの方が、衝撃的だった。

 

 けど、半信半疑だった話の整合性がとれてきて、いよいよ僕についてのあれこれも信じざるを得なくなりつつある。さらにどこかのんきに構えていた黒い獣やその背後にいる存在との対決も急を要しつつあり、このカミングアウトでゴーストに対しての奇妙な親近感もにわかに湧いてきて戸惑ってもいる。

 

 ……あぁ、混乱してるなぁ僕。落ち着いてやるべきことをちゃんと見据えないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る