十一話 旅の準備
「どうぞテストさん、こちらが報酬です」
日を改めてから依頼センターへと訪れた僕とソルは、先日のレイジベア騒動を収めたことと上級回復ポーションを提供したことに対しての報酬を渡されていた。大量の金貨によるその額面はなんと百万シント。生活費として使うならこのファストガで一年は十分に生活できるくらいの金額だ。
まあ強力な武具とか特殊なアイテムとかは物凄い値段がつくものだから、そういう視点でみるとそこまでの大金ともいえなくなる。実際に今回の報酬の六割は上級回復ポーションの制作費用として、だしね。
ちなみに通貨のシントはゲーム『オルタナティブ』で設定した通りだった。ゲームとしての利便性という理由で人族領域ではこのシントがどの国でも使える。名前の由来はソルたち神々の上位神として名前のみが伝えられる創造神シンティーネから。
「本当に、本当にありがとうございました」
そういってカウンター越しに深く頭を下げている受付職員は、騒動の時に瀕死となった男性職員――ソロンさん――の妻だった。名前はセイネさんというらしい。
そもそもがソロンさんの負傷理由はほかの職員を逃がそうと囮になったためだったらしいし、誇りに思っていい名誉の負傷だ。実際に何人かの職員がソロンさんに感謝を伝えている場面も見た。
とはいえ妻であるセイネさんからすれば、ただただソロンさんの命が助かったことこそが大事であるという様子だった。
「ところで……」
ここまで不安から解放された安堵と僕たちへの感謝のみを表情にのせていたセイネさんが、少し表情を引き締めて話題をかえてくる。
「お二人はこのファストガで旅人として活動されるのですか?」
この街を拠点として活動するのかを確認したかったようだ。多分だけどセイネさん個人じゃなくて、これはファストガ依頼センターとしての意向による質問ぽいな。
「いえ、ゴルゴンへ向かうつもりです。先日もその資金作りのために訪れていたので」
「そうですか……、ではすぐに?」
セイネさんは残念そうではあるけど、引き留めはしない。センターと旅人は依頼毎の斡旋関係でしかないから、当然こちらの活動場所を決めるような権限は無い。それにセンターともセイネさんとも深い関係性でもないしね。
予期せず纏まったお金が手に入った以上は、後は準備して旅立つだけだった。
「準備がこれからなのですぐにとはいきませんが……、ここには当分来ないかと思います」
一応気を使って「何か手に負えないようなことがあれば、今のうちに言ってね」という意図のことを伝える。旅立ってからファストガが大変だなんて噂で聞いたら後味が悪いし。
しかしさっきの「すぐに?」はそういう意味じゃなかったらしい。
「あ、いえ、準備についてはもしかしたらお手伝いができるかと思いまして」
お手伝い?
「先日もテストさんは借り物のロングソードを使っておられたとか?」
「そうですね」
今僕とソルは大荷物なんて持っていないし、武器の類も携帯していない。一応小型のリュックといった見た目の圧縮鞄をソルが背負っているけど、武器を借りたって話から準備はまだと見抜かれていたらしい。
ちなみに圧縮鞄は、その名の通りあらゆる物品を圧縮してしまえる鞄だ。持ち主の
と、それより準備の話か。
「お手伝い、とは?」
「はい、薬品の類はテストさんならご自分で用意された方がいいでしょうが、武具や旅用具はこちらで用意しましょうか?」
「武具も……ですか?」
思わず聞き返した。旅用具――テントなど――については、そういった消耗品は確かに依頼センターで買えるように売店を用意した記憶がある。けど武具は二階に制作部屋があるものの、ここで作って売っているような設定をした記憶はない。
「ええ、何を隠そう夫のソロンがこのセンターでの制作部門責任者なんです。中でも鍛冶が専門で腕がいいと街の職人からも認められるほどなんですよ?」
「へぇ……」
感心した風に相槌を打ちながら驚いていた。
「ん……」
隣のソルに目を向けると、無言で首を横に振る。ソルの方でも僕と同じ認識で、ファストガ依頼センターの鍛冶担当などという役職には思い当たらないようだ。
ただ、考えてみれば当たり前ではある。依頼センターという組織があって、そこの建物には制作設備があり、訪れる旅人には消耗品だけではなくて武具の需要ももちろんある。ならそこで人を用意して提供できるようにするのは当たり前のことだった。
そう、ゲームであれば制作者である僕が作っていないものは存在しない。けど現実なら、誰か一人が気付かなくても、需要があるなら誰かが始める。当たり前のことを目の当たりにして、この世界で目覚めてから何度目かになるここは自作ゲーム世界そのものではないという衝撃を受けていた。
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