十二話 鍛冶担当職員の驚愕
僕とソルは依頼センターの二階にある鍛冶部屋へと案内され、そこでソロンさんと再会していた。
「こちらについてもできる限りで安く提供しますので、街中の店で購入されるよりお得ですよ。品質については、これから向かわれるゴルゴンのものと比べると、さすがに見劣りしますが……」
彼の妻であるセイネさんと同様に真摯なお礼を何度も言ってくれたソロンさんは、仕事モードへと切り替えてそう言ってくる。
これもファストガ依頼センターからの報酬というか感謝の一部として、武具類や消耗品類をほぼ原価で提供してくれるようだ。
「なるほど、助かります」
そう返しながら部屋内を見渡す。調薬部屋と同じくゲーム『オルタナティブ』で制作したのと同じ内部構造になっていた。
部屋の奥側に白っぽい色合いの球体――鍛冶オーブ――があり、その手前には石製の台。そして周囲にはちょっとした調整や仕上げをするための工具や作業台が設えられている。
これがここでの“鍛冶”だった。台に置いた素材を、鍛冶オーブに制御を補助される魔法によって望みの形状へと変化させる。そのため鍛冶部屋はファンタジックな魔法実験室といった趣きで、炉や
「テストさんはやはり剣でしょうか、それに動きを阻害しないような軽鎧を用意して……。それからお付きの方にはどのような武器を――」
ソルは付き人みたいに認識されていたのか。まあ確かに名乗ってはいなかったように思うけど。と、それよりせっかくだから。
「あの、素材を提供してもらってこの設備を使わせてもらってもいいですか?」
「――? もちろん構いませんが、テストさんは調薬だけでなく鍛冶もできるのですか?」
「ええ、まあ、嗜む程度ですがね」
なんかとっさにそう言ったけど、嗜む程度ってなんだろうな。「そこそこですよ」って意味か? 大体は謙遜してるだけで自信があると同義の気がする。
今回に関しては、もちろん謙遜だ。この身体――テスト・デ・バッガ――が所有するスキル『デバッガー』はプレイヤーが習得可能なあらゆる技能を高度にこなせる。鍛冶はゲーム『オルタナティブ』内でプレイヤーに実行可能な要素だから、もちろん今の僕には十二分な腕前があるということになる。
「では……」
壁際の棚に用意してある素材をいくつか手に取って吟味する。ゲームのグラフィックではなく、実物を直接見てだから微妙に自信がない。
「これ、アイアンだよな?」
「そう……じゃないかな、多分。もし特殊なものだったら、データムじゃないとわかんないよ」
「……アイアンです」
インゴットを手にしてソルとひそひそと相談をしていると、聞こえていたらしいソロンさんが奥歯にものでも挟まったような表情で教えてくれる。自信満々に鍛冶ができるといった直後に、基本的な材料の目利きもできないなんて、まあ疑わしくは感じるだろう。それでもそれ以上に何も言わないのは尊重されているのだと思っておこう。
「ごほん」
わざとらしく咳払いをして誤魔化しながら、アイアンのインゴットを二つ石台の上へと置いた。ロングソードの素材は、これとあと木炭で良かったはず。“この”世界での鍛冶がゲーム『オルタナティブ』と同じであるなら、大体のレシピは把握している。とはいえ細かくは自信が無いし、そう考えるとソルもいうようにデータムの協力がないと今後も苦労しそうだ。
「テストさん用のロングソード、ですか?」
「ええ」
木炭も石台に載せたところで、どこかほっとしたような雰囲気のソロンさんからそう言われた。というかこれで合っていたようだ。
確認もとれたし、これで安心して作業できるな。
「ふむ? ……む」
あれ、でもどうやんの? とか考えながらなんとなく石台越しの鍛冶オーブへと手の平を向けたところで、鍛冶のやり方を理解する。というか思い出した、が近いかもしれない。
どちらにしろ、この素材、このやり方で間違いなく一級品のロングソードが作れる、という確信が胸中を満たしていた。もちろん確信だけでなく手順も。
「むむぅ」
唸りながら慎重に、魔力、という本来の
「オーブ接続…………、よし」
スムーズに接続できたところで、思わず安堵の声が漏れた。やり方を熟知して、できる確信があっても、それでも燻っていた不安がようやく払拭される。
「素材融解……、結合……、形状形成……」
本来は手順を声に出す必要は無いけど、確実にこなすために職人の間ではちゃんと口にしながら作業することが推奨されている。ロード中のTIPsとして自分で書いた内容だから、せっかくだし従っておこう。
「お、おぉぉ、なんて、……なんて無駄のない魔力操作!」
そこで耐えかねたようにソロンさんが歓呼の声を上げる。『デバッガー』スキルによって扱える技能は世界でも屈指のレベルとなる。この反応を見るに、きちんと一流職人並みの腕前で鍛冶ができているようだ。この間は僕としても色々と必死だったから、落ち着いてこのテストさんの性能が確認できたのは初めてかもしれない。
「定着!」
最後の宣言には思わず力がこもる。この定着宣言はオーブによる鍛冶作業の仕上げであり、ゲーム『オルタナティブ』的には「これで確定して構いませんか?」に対する確認の「はい」に該当する。
「お、できた」
「良かったね、マスター!」
「なんて……美しい刀身……」
石台の上に現れた鋼の両刃に、僕はほっとして、ソルは素直に喜び、ソロンさんは出来をみてさらに驚愕していたのだった。
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