未来編・四話 最悪の次に来る選択肢
『DEUS』における問題発生から数日の後、いい方にも悪い方にも状況は進展していなかった。
「はぁぁ」
社内にあるバーでアルコール度数の低いカクテルを舐めながら、
「何も進展なしっすか、例の件」
一応言葉を濁しつつも、出雲から一日遅れで状況を知った
情報共有がされたといっても、田辺のような“一定以上”の末端に位置する社員には本当に知らされただけだ。本当の前線における戦況というのは、そこで戦っている人間――つまり出雲を含む一部技術者――とそこから報告を直接受ける経営陣のみが知るものだった。
ちらりと田辺へと横目に向けられた出雲の視線は据わっている。もうそれが答えとなってはいたものの、田辺はおとなしく先輩社員の言葉を待った。
「何もないな。お手上げだよ、正直」
「そっすかぁ」
投げやりにも聞こえる出雲の返答を受けて、田辺は視線を上向けて考え込む。何かを思い出しているという仕草ではなく、頭中の選択肢を慎重に検討している雰囲気。それが気になった出雲は、カウンターに預けていた上半身を起こしてにわかに目元を険しくする。
「原因に心当たりでもあるのか?」
やや得体の知れない部分のある、数年前に中途入社してすぐさま頭角を現した後輩に、出雲は期待と警戒を半分ずつ混ぜた感情を向ける。
しかし返ってきたのは田辺らしいへにゃりとした苦笑と、期待したのとは違う内容だった。
「手だせない“生成物”に手が届きそうな知り合いがいるんすけど……」
「――っ!?」
出雲は驚きのあまり咄嗟に声が出なかった。原因について聞き返したのは、それがヒントだけでもわかれば対処のしようが少しは出てくると期待したから。つまり現状への対処法などはなから期待すらしていなかった。それほど難しい状況だった。
しかし一足飛びに対処法がある、と。そう田辺は言っているのだった。
「知り合い……、外部の人間か?」
二人の所属するこのゲーム会社――レボテック――には、『DEUS』に関して開発当時の資料と、それから出雲にとっては不本意ながら会社が秘密裏に研究を進めてきたノウハウがあった。
面前で自慢げなドヤ顔を見せる田辺が、間抜けにも国際チームから技術者を連れてこいと提案するとは思えない。しかしそれ以外に『DEUS』に精通した人物がレボテック外部にいるとは――行方不明の開発者を除いて――出雲には考えられなかった。
「俺も実はハンドルネームしか知らないんすけど……、ゴーストって奴で」
「はぁ?」
思わずきついニュアンスで疑問符を口にした出雲も、ゴーストが誰の事かは知っていた。知っていたからこそ、「何を言っている?」という感想を抱いていた。
それは、ありふれたハンドルネームでありながらもはや誰もが恐れおののいて名乗ろうとはしない一種の都市伝説だった。実在は確信されながらもその偉業、あるいは犯罪歴、のどこからどこまでが事実かは全くの不明とされる生きた伝説と化しているクラッカー。その名前であり数々の事件を一連する通称でもあるものが、ゴーストだった。
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