五十二話 荒れる大海
「つかず離れず……ま、予定通りか」
最後尾を走りながら何度も後ろを確認して、黒ハヤブサが近づいてくる度に魔法の突風やかまいたちでかく乱して距離を稼ぐ。さすがに空を飛んでくるハヤブサだけあって、相当なスピードで駆けても引き離せない。あれがゴルゴンへと飛んで行っても困るから引き離すつもりはそもそもないのだけど。
「このペースで行けばもう少しでちょうどいい場所につけそう」
走りながらも位置をきちんと把握できているらしいデータムが、少しだけ息を切らしながらも教えてくれる。
よし、あとはこのままうまく誘導してから殲滅すれば、この場はしのげそうだ。今は収納したようだけど、データムは弓を持っていたし、頼りにできそうだ。……しかし見る限りデータムの弓は一体どこに? ソルのロングソードやジオの格闘手甲はそれぞれの腰に吊るされているし、僕は槍を背負っている。高性能な圧縮鞄があれば弓でも入るだろうけど、見る限りではデータムはローブとドレスの中間のような黒い服を着ているだけで鞄のようなものは持っていない。
「……? 大丈夫、方向はきちんとあっている。正確」
「ああ、いや、うん、ありがとう」
データムを見て考えていると、方角を心配していると思われたようだ。余計なことを考えていないで黒ハヤブサへのけん制に集中しよう……。
しばらくは問題なく逃走を続行できて、いよいよ緩衝地帯が広がり始める辺りへと辿り着きつつあった。しかし――
「まずい!」
「どうしたのマスター!?」
「敵襲か?」
「人族の軍勢が動いた?」
けん制と同時に索敵もしながら走っていた僕が声を上げると、速度を緩めながら皆も動揺する。
「前方もう少し先に人間の気配がする。一人だけだから魔族や人族の軍勢ではないと思うけど……、このままだと間違いなく黒ハヤブサとの戦闘に巻き込む」
戦争のきっかけになってしまうような事態ではないけど、とても無視できるようなことでもなかった。緩衝地帯は人族にとっても魔族にとっても危険地帯だから、旅人や商人はいないと決めつけて油断していた……!
「どうしよう?」
戸惑うソルの言葉を受けて、少しだけ考え込む。
「もうすぐ見えてくる距離だ。今さら方向を変えても危険には違いない。このまま直進して、敵対しない相手なら守りながら戦おう」
「データムもそれしか思いつかない」
「なら護衛はオレに任せてくれ。あれが相手だと手が出しづらいから適任だ」
確かにジオの言う通り、魔法技能が色々と使える僕や、天候スキルのあるソル、それに弓を持つデータムが攻撃役になるだろう。ジオの攻撃手段は格闘と地形操作だから、どちらも空を飛ぶ相手には相性が悪い。
「見えてきた! あれは……、ええっと、何だろう」
旅人か商人かだと思っていたけど、見えてきたのは何とも場違いな姿だった。
「神官かな?」
「それっぽいな」
「いえ……あれは……」
長身で遠目にもはっきりとわかる程にグラマラスな体型の女性。所々に布や装飾を付け足したスーツのようなデザインの服装で、ウェーブロングの青い髪はきらめく海面のような鮮やかな色合いをしている。
「データムの知り合いか?」
何か気付いたような素振りをしていたデータムに聞いたけど、それよりも遠くにいるその女性が大声を張り上げる方が早かった。
「ほぉーほっほっほぅ!」
一瞬そういう鳴き声の生き物だったのかとも思ったけど、どうやら胸を反らして哄笑をあげていたらしい。
艶然とした動作で口元に当てていた右手を下ろしたその青髪の女性と、まだ距離はあるもののはっきりと目があった。
「
そして続けて左手に持っていた槍の穂先に斧がくっついたような大型武器、ハルバートを掲げて高らかにそう宣言した。
「「「えぇっ!」」」
「やっぱり、そうだった」
突如上空に出現した津波――そうとしか形容しようのない勢いを持った水の塊――に僕、ソル、ジオが驚き、データムは得心した様子をみせる。
そしてそのまま豪雨のような飛沫を地上へと降らせながら、海嘯撃というらしい空中津波は追ってきていた黒ハヤブサの群れへとぶち当たる。
「うっわあ……」
圧倒的な質量の水が仕事を果たすと、大部分は黒ハヤブサの死体とともに消えていき、辺りには小雨か霧雨程度の水が舞う。その大雑把ながらも豪快な光景にソルからは感嘆とも呆れともつかない声が漏れる。
さすがに僕にも彼女が誰かは見当がついた。ゲーム『オルタナティブ』制作においては海や川など水に関する地形を生成した流体担当ツール――
「ご主人様っ! どうしてワタクシが最後なんですノ!」
微妙に癖のあるイントネーションのお嬢様口調で、いきなり罵倒されたのだった。
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