四十八話 落ち着く暇もない
「では我は我の往くべき道に」と言い残して、フードを被り直したシャフシオンは路地の奥へと去って行った。
「行ったな」
「魔王はこれから大変。一大事」
データムの言う通りだ。この間も広場の方では盛り上がりが高まっているし、行き交う魔族の表情も皆切羽詰まっている。クーデターの発生に直面している訳だ、軽く考えられるはずがない。
「オレたちのやるべきことも簡単じゃないぜ」
「なにしろまだ何もわかってないからね!」
改めて気を引き締めようとするジオに、ソルが何ともいえない言葉を添えてくれる。その通りなんだけどさ……。
「黒い獣についてはデータムなりに仮説くらいはたてている。必要なのは検証」
しかしデータムから思いもよらず頼りになる発言が飛び出した。いや、思いもよらず、じゃないな。そもそもこれを期待してここまで来たんだ。
ここは素直に――
「さすがデータ担当だ、頼りになるな」
そういってデータムの頭を撫でる。なんか合流してからこの子に対しては撫でてばかりの気もする。背丈というか体格的にはジオの方がよほど幼い外見なのだけど、ネコっぽい雰囲気がそうさせるのだろうか?
「まずはここから離れよう、目的も果たしたし」
直近の行動を確認すると、ソル、ジオ、データムが同時に頷く。
「そうはいきませんよ」
決して大きくはない声が、通り全てに響くようにして発された。突如の騒乱に戸惑い右往左往していた連中は、これにも驚いているようだった。しかし広場に集まっていた連中は違った。
全員がまっすぐにこちらを見ている。
「なぜ……」
思わず疑問だけが漏れる。なぜこの状況で僕たちを敵視しているのか? なぜ僕たちが異分子だと気付いたのか?
しかし考える暇はなさそうだ。広場で演説をしていた若い蛇族の男、彼は今や後方に下がり、代わって壮年の蛇族が壮麗ながら実用性も感じさせる装備に身を包んだ一団を率いてこちらを直視している。
「シューラングラゥメン、蛇族の族長。厄介」
「なるほど、状況からしてクーデターの首謀者か……。それがこんなところにいて、こっちを睨んでいる理由は?」
「わからない。不明」
壮年蛇族の素性を教えてくれたデータムも、この状況の理由までは把握していないようだった。普通に考えたら今頃は魔王城――統一魔族連邦の統一府――へと攻め込む準備に追われているか、あるいは外に出ていることに気付いているなら必死でシャフシオンを捜索しているはずだ。
「理由など簡単ですよ、シュフルルゥ」
何が楽しいのかわからないけど、喉を鳴らして笑いを漏らしながらシューラングラゥメンは語り始める。独特の喉鳴りは蛇族に特有の発声だけど、彼の笑い声は何だか一際に“ヘビっぽい”ように感じる。
「簡単……?」
「シュゥフ……ええ、偽りの神々など邪魔だからですよ」
“偽り”に“神々”……ときたか。
ちらりと隣に視線を送ると、データムはすぐに小さく首を横に振る。データムから何かを伝えていた訳ではない、と。これは内部不満からの自然発生的なクーデターではなさそうだな。しかも場合によっては黒い獣とも関係してくる可能性まで考えられる。
「ソル!」
そこで急に、データムが出会ってから今までで一番大きな声を張る。名前を呼ばれた本人が一番驚いたようで、ソルは肩をびくりと震わせる。しかし意図に気付いて行動に移すのもさすがの反応速度だった。
「っ!? ライトニングブレイズ!」
ソル自身の言葉尻すらかき消すような轟音が直上で鳴り響く。百獣の王でも逃げ出すような天空の咆哮――雲すらない空に奔った稲光と雷鳴――は角度的にはちょうど僕らの背後から正面に向かってを瞬間的に照らした。
「ソル、ナイスっ! よし撤退するぞ!」
「えっへへ」
「追っ手は近づかせない。牽制」
「うし、殿はオレに任せとけっ」
突如の轟音と閃光に身を竦ませて固まり、一部はパニックにすらなっている蛇族を中心とした集団をしり目に、僕は号令を出して走りだし、褒められて誇らしげなソル、どこからともなく弓矢を取り出しているデータム、そして突然の状況にも戦意十分なジオが続いた。
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