六十六話 絶望はスーツ姿で訪問する
通常であれば魔王派の力押しで終わったであろう内戦は、黒い獣を戦力として擁した主戦派が統一府城を一方的に攻め立てる展開となった。
しかし追い込まれた状況で戦場に立ったシャフシオンによって多数の黒い獣は蹴散らされ、それを見た魔王派兵士たちの士気もここにきて最高に昂っていた。
「ぬんっ!」
シャフシオンの低く唸るような気合いに呼応してその腕からは炎が放たれ、脚からは雷が奔る。“雷鳴の炎角”の二つ名にふさわしく、二属性の魔法技能を言葉通り手足のように扱うその苛烈な攻撃によって、達人でも苦戦するはずの黒い獣が雑魚のように吹き飛ばされていく。
そしてここで戦う魔王派兵士たちにしても、十分な練度と士気を備えた精兵だった。恐ろしい勢いで突進する黒イノシシや奇襲を仕掛ける黒ヘビにも一方的にやられるようなことはなく、一人で敵わないなら二人、それでも無理なら三人、と臨機応変に対処して確実に敵の数を削いでいく。
「黒い獣以外にはすっかり裏切り者どもは見えんな。終わりも見えてきたか!?」
空から飛び掛かってきた黒ハヤブサを大太刀を器用に振るって斬り落としたカッツノーレンが、穴の開いた城門の向こうを見やりながら怒鳴った。どの兵士もその声を聞く余裕はない中で、比較的近くで大斧を振り回していたフンツテーネが目線は向けずに反応する。
「カッツがのんびりと眺めとる間に、この犬族族長フンツテーネが敵を次々と粉砕しとるからのぉ」
その厭味が言い終わらない内に、頭頂部のネコ耳をひくつかせたカッツノーレンが大太刀を四度振るい、そのまま動きを止めずに落ちていたロングソードを拾いざまに投げ放つ。そして二体の黒オオカミが倒れ、一羽の黒ハヤブサが落ちてくる。
「フンツと違って私は疾いからな。戦局を見る余裕もあるというものだ」
「……ふん、息を切らせてよう言うものだ」
言い合った後で露骨に反対方向へと斬り進む猫族と犬族の族長だったが、その口元はともによく似たどう猛な笑みを浮かべていた。
しばらく後に、そのまま順調に進むと思われたこの最終局面は、静かに転換点を迎える。
「どこから湧いた?」
暴威を振るう攻撃の手を止めたシャフシオンが、中庭の中央付近の一点を見つめて問いかける。その声は大きなものではなく、むしろ呟きに近かったが、何か感じるもののあった多くの兵士たちは必死の戦闘を続けながらもちらと視線を向けた。
「なるほど、
慎重な目つきで警戒するシャフシオン以外の魔王派兵士たちは、いつの間にかそこに立っていた人族の中年男性に驚愕する。一部の者は動揺から攻撃を受けるものの、大半は何とか踏みとどまって戦闘を継続する。ただカッツノーレンとフンツテーネを含めて、シャフシオンの元へ駆けつけるほど手の空いている者はいなかった。
「アキヨシ……? 珍しい服を、不思議な着こなしをしている、それにその目……」
「目ですか? 至って普通の顔をしていると自負しているのですが」
テストたちやゴーストであればサラリーマン風と称する服装を訝しみながらも、シャフシオンは何よりその男の目つきを気にしていた。
「革命者の目だ。それも相当に過激で自分本位な」
「…………ふむ」
おどけた物言いにも取り合わずに述べられたシャフシオンの私見を聞いて、その男の周囲だけ温度が数度下がったように、比較的近くにいた者たちは体を震わせた。
「何が目的だ?」
「大きくはこの世界の存続です。差し当たっては――」
下がった温度を取り戻すように羊角を燃え上がらせたシャフシオンが問うと、それこそセールスマンのようににこやかに、秋吉は手の平を見せるように両手を広げる。
「――あなたを排除しに」
言った瞬間、まるで戦闘態勢からは程遠い秋吉の前で、シャフシオンは膝を地についた。
「っ!? ぐ、うぅ、が、あぁ」
それが礼儀や従属でないことは、脂汗を滲ませて呻くシャフシオンの相貌を見れば一目瞭然だった。何か強大な力によって物理的に抑えつけられている、それに気づいて周囲の魔族たちは戦慄する。
「瞬刃一閃」
即座に目前の敵から距離をとっていたカッツノーレンが、
「爆撃」
それに一瞬遅れて黒イノシシを蹴り飛ばしたフンツテーネが、
瞬きの間に迫る死の気配にも、秋吉は一切の動揺を見せない。
「スキルはキャンセルで、その場に停止。ついでに麻痺しておいてもらいますか」
ただそう呟いただけの秋吉の左右で、大太刀を今にも横一閃すべく振り上げたカッツノーレンと、大斧を肩に担ぐようにして構えたフンツテーネがぴたりと立ち止まり、顔色を蒼白にして黙り込む。
絶対の信頼を寄せる魔王の呻き声が聞こえる中、あまりにも理不尽で不可解な敵の出現に兵士たちは動揺し、残り少なかったはずの黒い獣に追い込まれていった。
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