六十五話 魔王たるものの力

 一応の形状は保ちつつも、所々が既に穿たれている城門付近は、異様な空気の中で魔王派の兵士たちが一息をついていた。

 

 というのも、ちょうど絶え間なく攻め寄せていた主戦派がつい先ほど一斉に引いたからだが、その理由がまったく安堵に繋がらないために、この様な空気となってしまっていた。

 

 「くるぞ……」

 「ああ、気を引き締めろぉ。あれがそう無尽蔵とは思えんから、ここが正念場じゃ」

 

 犬族兵士が呟いた独り言に、後ろから彼の族長フンツテーネが反応して返事をする。近づきつつあるこれまでとは一線を画した数の黒い獣を、主戦派の最終攻撃と決めつけた言葉に、周囲で聞いていた兵士たちは残る力を引き絞って決意を固める。

 

 だがそれが希望的観測でしかないことは、兵士たちだけでなく、言葉を発した本人であるフンツテーネにもよくわかっていた。

 

 「……」

 

 それを物語る冷や汗がフンツテーネの頬を伝ったところで、力強い足音、その場にいた兵士たちのどよめき、そして荘厳なる風がふく音が聞こえて振り返る。

 

 そこには、重厚な羊族兵士を引き連れた彼らの族長代表シャフシオンの姿があった。

 

 「代表殿……!」

 

 統一魔族連邦はあくまで多数部族の集合体であって、主に人族から魔王と呼ばれるシャフシオンも決して“王”ではない。それ故に族長代表といえども、必要とあらば戦場に立つことはおかしなことではない。しかし、だからといってそれはやはり最終手段であり、シャフシオンが姿を現したこの状況は、彼ら魔王派にとっての最終局面であることを、フンツテーネは否応なく悟ったのだった。

 

 「構えて、備えろ」

 

 低く、小さい声で呟かれたシャフシオンのその指示は、不思議なほどにはっきりと浸透し、羊族は即座に、犬族と鳥族がそれに続いて防御体制へと展開していく。広域的な展開を捨てて、この統一府城中庭に戦力を集中することに、ここにいたって疑問を呈する兵士はいなかった。事実として現在も黒い獣がこちらへ向かってきていたし、自信に満ちたシャフシオンの言葉に有無を言わせない説得力が感じられたことが形となっていたのだった。

 

 ある種賭けに近く、そして魔王派兵にとっては当然のことだったが、しばらくの後に黒い獣の群れが徐々に中庭へと到達し始める。

 

 城壁の崩れた一部から這いずって入り込む黒オオカミ、始めから城門など関係なく飛び込んでくる黒ハヤブサ、地中から次々と飛び出してくる黒ヘビの攻撃はまだ散発的で、士気を取り戻した犬族、鳥族の兵と、心身ともに充溢している羊族の兵によって蹴散らされる。

 

 しかしおそらくは黒イノシシあたりの仕業であろう城門の軋みは、どの兵士の耳にもはっきり届いていた。

 

 「もう持たんか」

 

 部下に指示を出しつつ自らも大斧を振るっていたフンツテーネが危惧したところで、城内からは彼にとって気に食わない存在がさらなる増援として出てくる。

 

 「代表殿っ、城内の方はご指示通りに!」

 「そうか、ではカッツノーレンもフンツテーネと共にこの場を固めろ」

 「はっ!」

 

 キビキビとした動きで即座に展開する俊敏な猫族兵たちを横目で確認していたフンツテーネに、横に並んだカッツノーレンが声を掛ける。

 

 「代表殿にご迷惑はかけておらんかったか、犬族の長よ」

 「この状況でもなぁなぁと鳴きよるわ」

 「フンツ!」

 「わかっとるわぁ、カッツよ。あれに集中せぇ」

 

 いつものようにからかおうとするフンツテーネだったが、彼ら二人の時にしか使わない愛称でカッツノーレンが激しかけたのを見て、雰囲気を改めて軋む城門を顎で指す。生真面目な猫族族長とはこの期に及んでノリの噛み合わない犬族族長だったが、一方で統一魔族連邦としての魔族の有り様、そして族長代表シャフシオンの元での結束を守ろうという意思においては語り合うまでもなく一致していた。

 

 「あれが崩れたらなだれ込んでくるのぉ、一合目が正念場じゃ」

 「いや……、仕掛けるのは我らから、だ」

 

 カッツノーレンの視線を追って振り返ったフンツテーネは、そこに立っていたシャフシオンの羊角が燃えているのを目にした。

 

 「おぉぉ」

 

 戦闘態勢に入ったシャフシオンの圧倒的な魔力量の顕れを見たフンツテーネは、この場にあって思わず感嘆する。

 

 「それ程壊したいのなら、我が手を貸してやろう」

 

 そう言って中庭のやや高い場所に立っていたシャフシオンは、城門へ向けてまっすぐに両腕を伸ばす。かぎ曲げられた手指から城門へ向かって即座に魔力が満ちていき、それに空間が怯えるように歪み紫電を発し始める。

 

 慌てて近くいた魔王派兵士たちが退避したところで、シャフシオンの角に灯った炎は一層と激しく燃え上がり、続いて大柄なシャフシオン自身に倍する径の白炎が電光を纏わせて半壊した城門へと殺到する。

 

 門や壁が崩れる音は聞こえず、炎が燃え盛る音と雷が爆ぜる音だけが兵士たちの耳朶を満たす中で、城門の下半分は円形にくりぬかれ、その先に殺到していた黒い獣の群れも圧倒的な魔王の一撃に飲み込まれていく。

 

 「「「う、うぉぉぉおおお!」」」

 

 それでも散発的に黒オオカミや黒ヘビは飛び込んでくるし、空の黒い獣は数を減らしていない。さらにいうと穴の開いた城門の向こうにはまだまだ黒い獣の群れが見えている。

 

 しかし誇示されたシャフシオンの圧倒的な力によって、この場を守る兵たちの心は湧き立っていた。

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