未来編・十三話 祈り

 第七資材倉庫室はかつてない程の熱気で満たされていた。

 

 「なんとか抑えた! そっちどうですか?」

 「難しいな、手伝ってくれ!」

 「おいおいおいおいぃ! マジかそれ以上はシャレにならんぞ」

 「とにかく時間を稼げ! 今はそれが何より重要だ」

 

 ただし当然のこと前向きな熱意や情熱ではなく、恐怖を燃料に燃える焦燥感という熱気だった。

 

 長らく秘密裏に『DEUS』の調査や実験が細々と行われる、いわば日陰にあったこの部屋は、今や世界を守る最前線となっていた。

 

 「外部協力者からの連絡はぁっ?」

 「ゴーストは『オルタナティブ』に潜ったままです!」

 

 レボテックを率いる老練の女傑――矢足やたり――の怒号に近い問いかけに、作業をしながらも頻繁にゴーストとの連絡手段として使っている端末も見ていた出雲いずもが怒鳴り返す勢いで答えた。

 

 「現況は?」

 

 こちらは比較的冷静さを保っている技術開発部長のやなぎが、矢足と出雲のやりとりを目端に入れつつも、別の社員――薄茶の髪色の中年女――に尋ねる。

 

 「既に生成された『オルタナティブ』世界データはサーバー内で離散化が完了されています。今は何とか外部へと拡散されるのを防いでいる状況ですね」

 

 額に汗を浮かべながらも何とか落ち着きを保って告げられた状況報告に、柳も内心の焦りが強まるのを感じていた。

 

 「一度外へ出られたら、お終いか……」

 「そうなれば最後、拡散したデータは消すこともできず、世界中のあらゆるインフラを秋吉あきよしさんに掌握されるでしょうね」

 

 そのやり取りを聞いていたらしい矢足は、殊更に眉間の皺を深める。そして重い溜め息を吐くような調子で、何度目かになる問いを出雲に投げかける。

 

 「ここで防いで時間稼ぎするしか手はないのかい?」

 「ええ……、ゴーストから定期的に送られる情報をこちらでも精査しましたが、奴の言う通り中に入ってしまった秋吉さんからのクラックは中からしか対抗しようがありません。……奴の正体には驚きましたが、結局のところゴーストと“内部”にいる協力者にしか頼れず、我々にできるのは時間を稼ぐことくらいです。……ん?」

 「どうした?」

 

 事態が急転してから「緊急事態だから」として一気に語られたゴーストの人ならざる正体と秋吉はじめとの関係について思い浮かべながら忸怩たる表情で語っていた出雲が、手元の端末に反応して言葉を止める。反射的に確認したものの、矢足にもそれがゴーストからの連絡であることはわかっていた。

 

 「悪いけど解決の報告じゃないよ~。『オルタナティブ』内部では相変わらず秋吉一がウイルスの拡散による世界の掌握を続けてる」

 

 “こちら”へと出て来るなり連絡を寄こしたらしいゴーストの声は、話す内容の進展の無さとは対照的に沈んだ様子はなかった。そこに希望を感じた出雲は舌の根に渇きを感じながら口を開く。

 

 「じゃあなんだ? 何かあるから繋いできたんだろう?」

 「そそ、一応のお知らせ、ってとこだけどね……。掴んだよ、尻尾。これから体の方を狩りにいく」

 

 普段の飄々とした雰囲気を不意に抑えたゴーストの言葉は、何かを振り切るような、決意を己に強いるような、力強さと悲壮感を混ぜたような音色に、出雲にも矢足にも聞こえていた。

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