六十二話 尻尾を掴む
「ここまでの状況か……」
ようやく見えてきた蛇族の集落は、作った覚えのある村の周囲を作った覚えのない黒い生き物に囲まれていた。今更だけど僕が作った世界で自然発生したようなものはともかくとして、外から持ち込まれたものに闊歩されるのは気分が悪い。
といっても、もちろん蛇族が包囲攻撃されているということではない。こちらに向かって整然と並ぶ種々雑多な黒い獣の向こう側には、戦士の装いをした蛇族が十数人と祭祀風の蛇族が三人見えている。祭祀蛇族の一人は見たことのある、あの時のあいつで間違いないだろう。
「我ら魔族の、いやこの世界に住まう全ての真なる主に逆らう愚か者どもよ、精々みじめに滅びるがいい!」
大声でそんなことを言ってきた。待ち構えていたようだし、何かを交渉するような気ももちろんない、と。あいつの言っている“魔族の主”って蛇族の族長でも、当然シャフシオンでもなく
「ヤッていいんだよな?」
「ああ、もちろん」
どういう字を当てるのかはあえて聞きたくないジオの確認に、しっかりと頷いて返す。ただし、ただ蹴散らしても仕方ない。
「ここは皆で頼む。僕はあいつらが増援を出そうとする瞬間を狙う」
「オッケーだよマスター!」
「まずはオレから突っ込む!」
「あるじの補佐をすることこそがデータムたちの存在理由」
「ええ、データムの言う通りそれこそがれ、れぞで、でぞれ……? がんばりますワ!」
気取ろうとして格好の付かなかったマレに暖かい苦笑を皆向けつつも、次の瞬間には全員が表情を引き締める。ただ倒せばいい訳じゃない、ここでうまくやらないと全てが手遅れになってしまうかもしれない。
先頭を切って吶喊したジオが黒イノシシの頭に拳を叩き込むと、呼応するようにその周囲の地面が巨大な針状に次々と隆起する。
「太陽よ応えて! ソーラーレイっ!」
その周囲に天から破壊的な光が降り注いで、さらに多くの黒い獣を十把一絡げに消し去っていく。
「あぁっ」
快進撃といってもいい味方の攻撃の結果を見て、しかし隣にいるゴーストからは嘆く様な音が漏れる。大体十に一つの割合で、ジオの地形操作やソルのソーラーレイを受けても耐えて残る個体がいる。けど今までの経験からそれは想定できていたことだし、ましてこの子がその対処を怠る訳もない。
「予測範囲内」
低く呟く様な頼もしい言葉と同時に、いつの間にか取り出していた弓からデータムは次々と矢を放っていく。それは的確に“生き残り”を捉えて、止めを刺していく。
単純に火力的な意味では他の皆に一歩を譲るデータムだけど、戦況把握と状況判断、そして針の穴をも通すような狙いの正確さではまさに他の追随を許さない。
瞬く間に黒い獣は数を減らしていくものの、向こうで指示を出す蛇族たちもただ見ているだけではなかった。戦士蛇族は弓矢をこちらへ向かって構え、同時に祭祀蛇族が近くの黒い獣へ何事か告げている。
そうしている間に敵から矢が放たれ、それらは全て僕のいる場所へと狙いがついている。どうやらしっかりと僕がリーダー格であることは知られているらしい。
そして頭上から矢が迫る中で、地上からは黒オオカミや黒ヤマネコなど足の速いのが回り込みながら走り込んできている。地空同時攻撃ということらしい。
機を窺って手を出していないからといって、この程度……。と思ったけど、やけに大人しいと思ったマレはこのために控えてくれていたらしい。
「
マレの声に呼応して僕らの頭上を水の幕が覆い、それに触れた矢は勢いを逸らされて周囲にぽとりぽとりと散逸して落ちていく。
「甘いっ! ですワ」
それにも動じず――動じるような心があるのかは不明だけど――仕掛けてきた数体の黒い獣には、マレの手にする重厚なハルバードが叩き込まれていった。
力強くも流麗なマレの舞踏のような攻撃が一巡すると、仕掛けてきた黒い獣はすべて消え失せ、遠くでは矢を射た戦士蛇族たちが驚愕の目線を向けてきている。
「こ、こんな、こんなっ!?」
焦りを露骨に見せる祭祀蛇族が三人揃って懐を探り始める。――ようやくだ。
「それだな?」
「……は?」
格闘術技能による高速移動と、隠密技能によるスキル『霞駆』の組み合わせ。要は気配を補足されないようにしながら速く走って近づいただけなんだけど、相手からすると遠くにいたはずの僕が瞬間移動してきたように感じているはずだ。
そしてさらに同じく隠密系のスキル『奪取』で三人が手にしていたものを奪い、同じ要領で一気に離脱する。ついでに攻撃したいという欲はあったものの、自制してとにかく確実にこれらを手に入れることを優先する。
「は?」
「あ、あぁっ!?」
「なぜ、なぜ?」
既に遠くなった位置で、三人の祭祀蛇族が狼狽え、それを見た戦士蛇族にも動揺は伝播している。
「
「それが……」
手にした真っ黒な牙、羽、爪を見せるとゴーストも厳しい目つきで検分し始める。
「こっちのやるべきことは果たしたけど……」
「もう大丈夫ですワ」
皆を手伝うべきかと視線を巡らせると、ついさっきまで注意深く警戒を続けていたマレから笑顔を向けられる。
「さすが、頼もしいな」
黒い獣は見渡す範囲から一掃され、集落の外で構えていた蛇族たちも打ちのめされて倒れているか、拘束されて喚いている者だけになっていた。
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