四十九話 余裕のある逃亡劇

 「それでどうする? ここらで迎え撃つか?」

 

 町を出て人気が無くなったところで、最後尾をしっかりと守っていたジオが確認する。全員それなりに余裕のある状態だけど、全く息が乱れていないのはジオだけだというのはさすがだ。

 

 「いいえ、できる限り戦わずに逃げる。完全逃亡」

 

 てっきり町中での戦闘を避けるために逃げてきたのかと思っていたけど、データムの思惑は違ったらしい。

 

 「でもどうしてだ? オレらなら勝てるぜ、きっと」

 「うん、うん!」

 

 ジオの見立てには僕も同意だ。ソルも何度も頷いていて戦意は十分に見える。けどそんな風に考えていた僕らに向けてデータムは指を二本たててみせる。

 

 「理由は二つ。一つ目は魔族領内のことは魔王に任せたからデータムたちであまり影響の大きくなるようなことはしたくない。二つ目は現状はまだシューラングラゥメンの一派はデータムたちの目的には無関係だから意味のないリスクは負うべきではない。以上」

 

 “現状はまだ”……か。短い邂逅だったけど、あいつは色々と気になることを言っていた。僕らが黒い獣の謎を追いかけて解決しようとする道筋の上で、将来的に避けて通れなくなる可能性は、正直あると思っている。

 

 だけど今のところはデータムの言う通り、主戦派をなんとかして戦争を回避するのはシャフシオンの仕事だ。この先で主戦派やシューラングラゥメン本人とぶつかることになるなら、それは十分な根拠を得たうえでシャフシオンとも相談の上、ということになるだろうな。

 

 「とりあえずは撒けたけど、それならどう動こうか?」

 

 今はさっきまでいた町が微かに見えているような位置だけど、近くに追ってきている魔族の姿は無い。探知にもかからないから、潜伏して尾行されたりもしていないはずだ。焦って動かなくても離脱に徹するならもう大丈夫だろう。

 

 そう考えているけど、データムは少し眉間に皺を寄せていた。何か懸念があるようだ。

 

 「人族領へと入りたい。それから一気に国境から離れる。全力離脱」

 

 騒乱の渦中にある魔族領を出るのはもちろん賛成だけど、一気に全力離脱? 大げさすぎないか?

 

 しかしその意味がわからなくてきょとんとする僕やソル、ジオの態度に、むしろデータムの方が戸惑ったようだった。

 

 「いくらその変装があっても……」

 

 データムは僕らの頭頂部に着いたままの偽装のクマ耳を指して続ける。

 

 「正直に国境門を通る訳にはいかない。……そうなると、どこかで警戒装置を突破することが必要。人族領のゴルゴンまで魔族が追ってくるとは思えないけど、念のために急いで距離は取りたい」

 「「「……」」」

 

 「あ~そういうことかぁ」という顔を僕らが揃ってするのを見て、データムはますますと不思議そうにする。

 

 「ねぇ、データムも見たらきっとびっくりするよ。マスターの“あれ”、クネクネしててなんかすごいんだから!」

 「よくわからない。あるじのスキル『デバッガー』に探知魔法を透過する技能やスキルなんてなかったはず」

 

 ソルが嬉しそうにいうけど、データムはむしろ確信を持って否定する。なるほど、なまじスキルの知識があって僕らの技能も熟知している様子のデータムだからこそ、ああいう隙間を抜けるやり方は思い至らないんだろうな。

 

 「まあ任せてくれ。警戒装置は反応させずに通過できるから」

 「――?」

 

 自信満々に告げると、とりあえずデータムはついてくるが理解も納得もできてはいないみたいだ。これは今から実際に“あれ”を見せた時の反応が楽しみになるな。

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