五十話 追跡者

 「すごいものを見た……」

 「いやそんなおおげさな」

 

 データムはなんかまだショックをひきずっているな。驚いてくれることを期待はしたけど、この反応はなんかこう、微妙に違う。僕の頭の中ではスパイ映画ばりに警戒装置をすり抜ける技なんだけど、皆の中では違う何かに見えているような気もする。……まあこれ以上は考えないでおこう。

 

 「とりあえずは一安心?」

 

 ソルの一言を受けて、改めて見渡しつつ索敵の技能も使って周囲を探る。

 

 「いや、ばれたかも」

 「え?」

 

 ソルは驚き、ジオは慌てた様子で警戒する。一番冷静なデータムも焦りは隠せない様子だ。

 

 さらにその瞬間、僕の索敵を裏付けるようにして遠くから警報音が鳴り響いてくる。

 

 「国境門の警戒装置……、向こうから越えて追ってきた」

 

 データムの言葉に頷いて返す。僕が捉えた気配の方向も、その解釈で合っている。

 

 「数は五、少数精鋭で慌てて追ってきたって感じかな」

 

 捉えた気配の数を告げると、少しだけ安堵した空気が流れる。実際ここで大軍勢が押し寄せてきていると、そのまま人族との戦争が開始することだってあり得た。というか、今鳴っている警報だけでも、ゴルゴン側の国境門ではきっと大騒ぎだろうし。

 

 「あれか……?」

 

 目を凝らしていたジオが小さな声で呟く。

 

 「そうみたい、やはり蛇族」

 

 データムの言う通り、遠目に見る限りでも五人とも蛇族のようだ。四人はいかにも戦士然とした装いで、一人だけなにやら装飾の多い格好をしている。……あんな祭祀みたいな恰好するような設定を蛇族に施した記憶はないから、ゲーム『オルタナティブ』ではないこの世界で生じた役職の誰か何だろう。

 

 「迎え撃つしかない」

 「僕もそう考えてた」

 

 覚悟を決めたデータムの言葉を、即座に肯定する。数が少ないし、何より魔族の追っ手を引き連れて人族領をうろつく訳にはいかない。すぐ南へいけば緩衝地帯を抜けてゴルゴン側の国境線だから、そっちの警戒装置を鳴らせばさらに混乱を呼んでしまうことにもなる。一応、回避案はあるにはあるけど……。

 

 「見つけました」

 

 近くまで来た祭祀蛇族は、誰にともなくそういうとその場に膝をついた。

 

 「――?」

 

 こちらが首を傾げるのも構わず、四人の戦士蛇族も腰に吊るした剣を鞘ごと外して膝をつく。まるで王を迎える騎士のような振る舞いだけど、どうみても彼らで追っ手は全員だ。

 

 しかしそう思って何度も索敵をしていた僕に、衝撃が走る。

 

 「急に気配が!?」

 

 膝をついた蛇族たちのすぐ向こう側に、気配と同時に突如として人影が現れたからだった。まったく感知できなかった!? それこそ瞬間移動でもしてきたようにしか……。

 

 混乱する思考は、現れた人影の姿をはっきりと確認したところで、さらに絡まっていく。

 

 「おいボス……あれってよぉ……」

 「スーツ……だよね?」

 「不自然」

 

 ジオ、ソル、データムが三人とも戸惑うように、現れたのはスーツの……サラリーマンとしか形容しようのない中年男性だ。

 

 「こんにちは」

 「……?」

 

 散歩の途中のような気軽な挨拶にもどう反応していいかわからない。なんというか、特徴のないのが特徴といった外見の男だ。平均的な身長に、細くも太くもない体型。やや短めの黒髪は良く整えられているけど、特に整髪料で固めたりはしていない。何から何まで普通……、ただその両の黒目だけは、そこも造形だけは普通だけど、妙にぎらついていて印象に残る。

 

 そして見た目はともかくその装いは明らかに異質だ。今僕も着ているように、この世界でスーツは存在しない訳ではない。ゲーム『オルタナティブ』では一部の地域で上流階級が好んで着る正装、として設定していた。だけどあの男の着こなしは……、微妙にくたびれた生地に、やけに着慣れた風情。どう見ても貴族や大商人の洒落た格好ではなく、サラリーマンとしかいいようのない姿だった。

 

 警戒して無言で見つめていると、それに何かをいうでもなく、その男は急に反転して背中を向ける。

 

 「なるほど、なるほど……。後は任せますね」

 「はっ!」

 

 そして現れた時同様に、そのスーツのサラリーマンは唐突に姿と気配を消してしまった。

 

 もはや僕も、ツールたちも、言葉もでない。特に僕とデータムはこの世界のことを良く知るだけに驚愕の度合いも大きい。

 

 知る限り、という注釈付きにはなるけど、あんなことはできないはずだった。

 

 「貴様らの命運はここまでですよ」

 

 立ち上がった祭祀蛇族が、腰の巾着から何かを取り出しながらそう告げてくる。

 

 「あれは……、羽か……?」

 

 羽、それも真っ黒な羽だった。カラスの羽をやや小さくした、といった見た目だろうか。

 

 「あのお方から授かった力に驚愕するがいい!」

 

 声を張り上げた祭祀蛇族は、大事そうに摘まんでいた羽を持ち替えると、握りつぶすように拳で包む。そしてその手の中から羽毛からはありえない、ガラスが割れるような音が聞こえたかと思った次の瞬間には、その黒い羽根は薄れて消えていく。

 

 「何を?」

 

 データムが不思議そうに言うってことは、僕が忘れているだけってことはないな。あれは間違いなく“知らないアイテム”だ。けどあの黒い色はどうしても不安を誘うというか……。

 

 「マスター、あれっ!」

 「ちぃっ、そういうことかよ!」

 

 ソルが少し離れた場所を指差し、ジオは舌を打つ。

 

 腹立たしい角度に口角を上げる蛇族たちの向こうから、黒いトリの群れが飛んでくるのが見えていた。

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