三話 記憶喪失ダンディ

 「何を黙っている!」

 「……はっ」

 

 思わず固まっていたところ、さらに言い募られてしまった。まぁ門番として不審な人物に対する反応としては当然だ。

 

 ……そう、門番として当然で自然な反応。僕が書いた台本を演じるキャラクターではない。

 

 「ここはどこです?」

 

 試しに質問を返してみる。考えてみればゲームであれば画面に選択肢がでて、プレイヤーはそれを選択するだけだ。けど僕は今ここで意思を持つ存在として確かに存在していて、選択肢なんかは目の前に浮かんでいないし、何を言うこともすることだってできる。

 

 今口にした質問も、『オルタナティブ』であればここではできない質問だ。

 

 「は? もちろんファストガだが……、本当に何だあんたは。まるで記憶でも失くしたような口ぶりだが……」

 

 不信を通り越して心配そうな表情で、少し抑えた口調。こちらの言動から背景を想像して、自分の対応を変えてきている。僕の技術ではこんな高度な会話プログラムは組めないし、仮に出来たとして冒険の始まりの街の門番にわざわざ実装しない。

 

 しかし確かにこの門番は街の名前をファストガと口にした。この周囲の地形、景色、そしてこの街の名前、全て僕の知っている……僕の作り上げたものだ。

 

 どういうことかはわからない、わからないけど……、ゲームの中に入り込んだ訳ではないけど、ここはゲームである『オルタナティブ』と同一の世界ではあるようだ。自分でいってても混乱してくるな。

 

 「そう……ですね、ファストガは知っているんですが、僕がどうしてここにいるかはわからない、ということは記憶喪失ってことになるのですかね?」

 「いや……聞き返されても困るが」

 

 完全に髭の門番の態度から険がとれて、僕に同情しているようだ。ファストガの人間が親切という部分は『オルタナティブ』通りなのだろうか?

 

 「ふむ、悪い奴ではなさそうだが、このまま通すのは心配だな。髭のよしみでもあるし、しばらく面倒を見てやるか」

 

 この門番に街の守備隊詰め所まで案内されて、しばらく面倒という名のチュートリアルを受けられるというのは、『オルタナティブ』での流れの一つだ。言動は全く変わっているけど筋としては僕の知っているものだ。

 

 ……いやそれより。

 

 「髭のよしみ?」

 

 何言っているんだこの門番。童顔極まる僕はほとんど髭なんて生えない。ほんの少し産毛が伸びると、うれしくなって大事に育ててしまうくらいだ。

 

 「ああ、あんたもなかなか悪くないぞ。俺のようにもう少しボリュームがあれば完璧なんだが」

 

 心底残念そうに謎の寸評をかまされた。その節穴の目でよく見てみろよ、僕の口元に髭なんて全然、ほら……、ほら?

 

 さわ……、というかじょり……、というかなんとも未知の感覚。

 

 「ぉおわっ!? 髭!?」

 「何を言っているんだ、今生えたみたいな反応をして。それだけきれいに整えておいて……」

 

 そこまで言うと門番は、すぐ横の入り口から門前簡易詰め所の中へと入って行き、すぐに鏡を持って戻ってくる。『オルタナティブ』内にはプレイヤーアバターの髪形なんかを変更できるアイテムとして鏡を安価かつ大量に用意してある。ステータスに影響しない要素は気軽に変更できた方がいいという考えだったけど、その影響でこっちのオルタナティブでは庶民に鏡が普及しているのか?

 

 と、それより確認だ。受け取った鏡を……。

 

 「テスト・デ・バッガ!?」

 

 そこに映っていたのは黒髪をオールバックにしてバルボスタイルに髭を整えたワイルドかつセクシーな中年男性、テスト・デ・バッガことデバッグ用テストアバターの顔だった。

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