未来編・一話 機械じかけの神

 西暦二千年代もそのミレニアムの半ばに達して、それでも人類は古代から受け継いできた娯楽を捨ててはいなかった。――ゲームである。

 

 そしてそんなゲームを制作するとある会社の休憩室では、眼鏡越しのきりっとした釣り目が特徴的な中年の女と、ふわっとした天然パーマの髪と子どものようにきらきらとした瞳が目をひく若い男が話し込んでいた。

 

 「“あれ”許可下りないっすかね」

 「下りる訳がないだろ」

 

 若い後輩の願望を業界でもベテランの出雲いずもが否定する。しかし後輩の田辺たなべが言ったことは、心情としては出雲にも理解できていた。

 

 「面白いのは確かだろうが、倫理的にな……」

 「でもいくらVRでもあれなしじゃどこまでいっても“ゲーム”っすよ」

 

 田辺の主張を聞いて、出雲は重々しくため息を吐く。

 

 「“あれ”は、本当に完全に自然現象をシミュレートするし、規模さえでかけりゃ電子空間上への世界創造だ。お前は神にでもなりたいってのか?」

 「いやそんな大それた話じゃないっすけど。だって楽しそうじゃないっすか」

 

 田辺の口にした“あれ”――物理現象や化学反応といった自然現象のフルシミュレートシステム『ダイレクトリDアースEユニバースUシミュレータS』――それはコンピュータ上にもう一つの世界を現出させるシミュレーション技術の結晶ともいうべき驚異的なプログラムだった。

 

 出雲の先輩社員が十年前にほぼ独力で開発したこの『DEUS』は、ある倫理的懸念から事実上凍結されることとなっていた。

 

 「ほぼ完全に人と見分けのつかないレベルのAI、それをどう扱えばいいのか、答えは出てないだろ」

 「……っすね」

 

 一人の天才によって作られたこのプログラムは、特定のフォーマットで用意されたデータを基に世界を自動生成してしまう。そこに住まう動物も、そして人でさえも、高度なAIを持ったある種の電子生命体として強制付随させてしまう。

 

 そしてフォーマットとして使用可能な条件の一つが生命体が居住可能な環境であることであり、AI生成の部分の切り離しも不可能な仕様となっていた。

 

 そのため『DEUS』による世界創造は倫理上問題があるとしてすぐに会社から取り上げられ、現在は各国政府に認可された一握りの国際チームによって細々と研究が進められている、と出雲は聞き及んでいた。

 

 取り上げられてすぐに当の開発者は姿を消してしまい、もはや出雲の所属する会社としては愚痴をいう程度しかできない。

 

 「まぁゲーム開発者として憧れはあるよな、自分が作り上げた世界を現実と見分けがつかないくらいにVR化してフルダイブ、なんて」

 「ほんとに、『DEUS』の開発者の人がうらやましいっすよ。取り上げられる前に一個か二個は世界生成したんすよね」

 「いや……、してないらしいぞ。テスト段階だと今国際チームがやってるような一部屋規模の世界に小動物一匹とかで、発表会で大々的に世界創造をしてみせようと準備していたところで政府からストップがかかったらしい。……ただ、人間のAIを一体は生成していたらしいって噂はあったけどな」

 

 出雲が溢した言葉に田辺は目を見開いて驚く。そんな話は聞いたことが無いからだった。

 

 「知らないっすよ、そんな話。人間のAIはあくまで“できる”って話でしか無くて、それでも倫理的に問題あるから止められたって聞いてるっすけど」

 「私も先輩たちが噂で話してるのを聞いただけなんだけどな。『DEUS』開発者はお前が言った通りのことを話したそうだけど、当時を知ってる人は言ってたんだよなぁ「あいつは一体だけ人間のAIを生成していたはずだ」って……」

 「与太話じゃないっすか……」

 

 田辺はその話を都市伝説のような取るに足らない噂と判断した様子だった。しかし後輩から否定された出雲はただ曖昧に笑っていた。

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