二話 空想異界オルタナティブ
「ぅ、うぅん……、んあ?」
頬をチクチクする感覚に目を覚ます。
「草……?」
草、というか草原で寝ていたようだった。
「さっきまで部屋で『オルタナティブ』のテストプレイをしていて……、というかもう夜だったよな?」
目を覚ました場所は青空の広がる気持ちのいい昼間だった。草原を吹き抜ける風も心地いい。
……いや、本当にここどこ?
「雷で死んだ……? なんてことは……無いよなぁ、たぶん。足もあるし、普通に感覚もあるし」
手を開いたり閉じたりしながら確認する。まだ目覚めたばかりでちょっと違和感もあるけど、うん、別に普通だ。少なくともここがあの世とかそういうのとは思えない。
「よっと、……ん?」
立ち上がる、と、やっぱりちょっと違和感はあるな。なんか視界、というか視点がおかしい気がする。地面が遠く感じる感覚がするというか、頭がまだふらついているんだろう。
「んん?」
あれって……、まさか?
遠くに高い壁と、さらに高い塔が見える。というか、この景色には見覚えがあるぞ。
「ファストガ」
そう、ファストガに見える。僕が作っていたゲーム『オルタナティブ』で、初心者向けの出自『記憶喪失』を選んだ場合のスタート地点となる街だ。……まあ正確なスタート地点は街ではなくて――
「ファストガ近くにある……そうげ、ん……」
フスラ丘陵と呼ばれる大丘陵地帯、そこに含まれる草原でプレイヤーは記憶喪失の旅人として目を覚ます。『記憶喪失』はゲーム世界内で何のしがらみもない状態でスタートするために用意した出自で、初心者向けとするためにファストガの街も異様なくらい親切設計にしてある。何せ記憶喪失を自称する不審者がふらりと現れても、寝床や食事の提供から戦闘訓練、果ては次の街への旅の準備までしてくれるようなお人好しぞろいとなっている。
もちろんゲームのチュートリアル的な配慮だ。他の出自……例えば『騎士』だと最初からある程度戦闘能力があるけど、騎士団内の政治的思惑に巻き込まれていきなり強い相手と戦う必要があったり、『盗賊』だといくつか便利なスキルがある代わりに牢屋スタートだったりと色々と用意した。
『記憶喪失』の場合は能力的なボーナスポイントは一切ない代わりに、ゲームの導入部分は至れり尽くせりで言われるままに行動すれば一通り仕様が理解できるようになっているし、ストーリー的にも裏切ったり騙したりする人物が最序盤には登場しなくなる。
「……というのがゲームの話だけど」
草原の草から感じるちくちく感とか、頬や首筋で受ける風とか、足裏で踏みしめる柔らかい土とか、全部実際に体で感じているものだ。
VRだってここまで進んだ技術じゃないし、まして一人で開発してきた『オルタナティブ』をどこの誰が僕にも隠してこっそりVR化するっていうんだ。そう、これがゲームの世界だなんてありえない。
「現実にしか思えないこの草原が、ゲームで目を覚ますオオカミ草原とも呼ばれる場所だなんてありえない……」
「がう」
僕の呟きに返事をくれたのは、大きな牙が特徴のオオカミ。グレーの毛並みに大きな尻尾……、そうあの尻尾のふさふさ具合にはこだわったんだ。
「……ファングウルフ」
「ぐるる」
目の前で唸る獣は手ずから作り上げた敵キャラクターにしかみえない。あ、ちなみに知恵を持たない敵キャラクターはまとめて『獣』と呼称している。モンスターといってしまうと怪物感の薄いこういうファングウルフみたいのがしっくりこないから。
「がぁっ」
と、現実逃避をするのをこれ以上は許してくれないようだ。
……ていうか、こわっ、牙っ、こわっ!
「うわっ、こっちくんな!」
振り払おうとしてとっさに右腕を突き出す。と、その腕は何かのレールをなぞるように一直線に奔り、ファングウルフの額へと吸い込まれていく。
「がふっ」
倒れて……動かないな……。なんか無意識に綺麗な正拳突きを披露してしまった。武道経験なんて中学の時に体育で柔道をやったくらいなんだけど。
というか草原で目を覚まして、ファングウルフに襲われて、塔を目印にファストガへ向かうって、もう完全に『オルタナティブ』の展開だ。
まあ本当は武器もなくぎりぎりの勝利になってほうほうの体で街を目指すんだけど。初心者向け出自だからって少しは緊迫感ある展開も欲しかったから。
「もし……、もし、これが『オルタナティブ』なら」
ファストガの入り口となる街門には立派な口髭の門番が立っていて、記憶のない主人公を心配して色々と世話を焼いてくれる。最初のセリフは「ん、何だお前……、その傷はどうしたんだ?」とした。
こんな訳のわからない状況ではあるけど、自分が作ったゲームの印象的な最序盤の展開がフルボイスで見られるかもしれないと思うと……、ちょっとわくわくもしてきた。
ちょっと歩くとすぐに街門が見えてきた。さっきの場所とさほども離れていないから本当にすぐだ。いきなりダレたり迷ったりしないようにそう設定した。
「あ……」
近くまできて声が漏れる、見覚えのある口髭の門番がそこにはいた。原理も何もまるでわからないけど、これは本当に……。
「誰だ貴様! 怪しい奴め!」
……ん?
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