空想異界の創造神 ~自作ゲーム世界に迷い込んだ開発者の全方位ハイスペックアバターによる異世界デバッグログ~

回道巡

一話 始まりは雷鳴と共に

 「ふぅ~」

 

 問題ないことを確認できて、これで一息吐けるな。

 

 「それにしても五年になるかぁ」

 

 五年、というのは一通りの確認を終えたばかりの自作ゲームを開発してきた期間のことだ。

 

 構想、という名の妄想は小さい頃からしていたアイディアを具現化したオープンワールドARPG、それがこの目の前のPC上で動いている『オルタナティブ』だ。

 

 もう一つの世界、という意味であり、そしてこの空想世界そのものの名前でもある『オルタナティブ』は友達のいない三十二歳会社員独身男性のこの僕、いね 慎太しんたがこの五年の余暇の全てを費やして完成させた自称大作ゲームだ。

 

 ちなみに自称というのは評判が悪いとか反響がないとかいうことではなく……、単純にプレイしたのが自分しかいないからだ。作っている内にこの自分だけの世界を他人に見せるのが気恥ずかしく、あるいはちょっとした独占欲が湧いてきてしまったために、今となっては誰かに見せるつもりもプレイさせるつもりもない。

 

 「ここまでこれたのはお前らのおかげだよ」

 

 画面上の仲間たちへ向かってねぎらいの言葉をかける。

 

 友達いなくて一人で作ったんじゃないのかって? その通り、“人間”は僕一人だ。

 

 今声を掛けた仲間は自作の開発ツールたち、天候担当のソル・ツール、地形担当のジオ・ツール、流体担当のマレ・ツール、データ担当のデータム・ツール、どれもある程度の設定で大規模にコンテンツの自動生成をしてくれる優秀なプロシージャルツールであり、生成した物を僕にも見やすく表示してくれる情報管理ツールでもある。

 

 名前はラテン語とギリシャ語が入り混じっていたり、意味的に?であったりするけど、語感の良さを優先して決めたからまあ大目に見て欲しい。というか大目に見てくれない他人の目に触れることもないしな。

 

 この四ツールでおおまかな部分を生成し、それ以外の部分は全て僕の一人作業で制作した。どこにも出さないけど、どこに出しても恥ずかしくない自慢の一品に仕上がった。

 

 大まかなストーリーはよくある、魔王が人間の国へ攻めてきて、選ばれし英雄がそれに立ち向かう内容だ。しかし主人公たる英雄の出自、見た目、能力のクリエイト機能から始まり、メイン・サブ問わない各ストーリーの展開もプレイヤー次第だ。この膨大なストーリーコンテンツを作り上げるのに大部分の時間がかかった。

 

 アイテムとかロケーションも多いけど、この辺はデータム・ツールとかジオ・ツール、ソル・ツール任せでいけたし、そこにマレ・ツールで海と川や池を生成したら世界の出来上がりだからな。

 

 そしてちょうど今、デバッグ用に作った特殊アバターことテスト・デ・バッガを使ってひとしきりこの世界を確認し終えたところだった。全てのストーリー展開を知っている開発者が、何の行き詰まりもしないようハイスペックに設定したアバターを使って、それでもゴールデンウィークの連休が全て溶けて消えた。実にボリュームのある見事な自称大作ARPGだ。

 

 ちなみにだけど、このテスト・デ・バッガさん、名前こそ適当の極みだけど外見はなかなか凝っている。艶のある黒髪はオールバックに整えられ、バルボスタイルの髭が色気とワイルドさを醸し出す四十半ばくらいのイケオジナイスミドル。ダブルのスーツ(デバッグアバター専用装備)を着こなす紳士ながら、ほんの少しだけ乱れた髪が親しみやすさも演出する。こんな中年になりたかったという僕の理想を具現化させたビジュアルだった。

 

 ……現実の僕はというと、三十を越えた今でもよく高校生に間違われるくらいの童顔で、良くいえば若々しいけど率直にいえば威厳が微塵もない。我ながらいい年をして可愛らしい顔の造形をしているとは思うけど、僕としてはかっこよくなりたかった。

 

 「という訳であれだな、普通にアバターを作り直して今度は一プレイヤーとして楽しむか!」

 

 テスト・デ・バッガはゲーム中に存在するプレイヤーが習得可能なあらゆる技能を世界トップクラスの実力で備えているという特殊パッシブスキル『デバッガー』を持っている。あくまでトップクラスであってトップではないという究極の器用貧乏だけど、本来は戦闘系一種、生産系一種くらいに絞り込まないとまともに育成できないこのゲームにおいては普通にバランスクラッシャーだ。テストプレイには便利だけど選択と育成の楽しみがない。

 

 「最初はどうしようかな……、自分に近い見た目で剣士にして……、それで正義の勇者ロールプレイを……ん?」

 

 画面内からこちらを見上げるテスト・デ・バッガと見つめ合いながら思案していると、カーテンを閉め切ったままの窓の外が光ったようだった。

 

 部屋の中まで振動するほどの爆音。

 

 「落雷だ。それに近いな」

 

 光ってから音まであまり間がなかったし、何より音がめちゃくちゃ大きい。

 

 「万が一があったら怖いしPC切るか」

 

 もちろん『オルタナティブ』のデータはバックアップもとってあるけど、だからといってPCが壊れていいなんてことはないからな。

 

 「ぬがっ!?」

 

 もう一度窓から閃光、続いて間を空けずに訪れる轟音。そして僕の意識は暗転した。

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