三十二話 騒然と出発

 外に出ると、村内が慌ただしい空気に包まれていた。露店を出していた者は店仕舞いし、畑や牧場に出ていた者たちも急いで家々の方へと帰ってきている。

 

 「ふむ、ふむ――」

 

 戸惑う旅人や商人たちと話していた輪から外れてきた牛族が、クホルンさんに険しい顔で何事か報告をしている。

 

 大体の察しはつく。

 

 「さっき聞いた黒ヘラジカかな……?」

 「たぶんな。むしろ更なる新手とかだったら余計に大変だ」

 

 ソルも予想しているように、どこかへ去って行ったと聞いた黒ヘラジカが現れた、ということだろう。

 

 とはいえ、詳しい状況はわからない。けど、予想通りに黒い獣の問題であれば、すぐにクホルンさんから話は聞けるだろう。何しろそれを請け負ったばかりな訳だし。

 

 「――っ!」

 

 と、少し離れたところで、牛族の若い女が行商人らしきヒューマン相手にすごい剣幕でくってかかっている。けれどケンカという雰囲気でもなく、行商人の方は困っている様子だ。

 

 意識をそちらに向けたことで、何を言っているかが部分的に聞こえてくる。

 

 「――だから――状況だけでも――――、本当に――にいさ――」

 

 にいさ? 兄さん、ということか。

 

 「あれは……メルですな。モータの妹です」

 

 報告を聞き終えてこちらへ近づいてきたクホルンさんが、そう教えてくれた。

 

 と、僕たち、というより村長であるクホルンさんに気付いたメルが勢いのままに今度はこちらへ大股で歩いてくる。大声を上げていたし興奮状態にあるようだけど、正面から表情をみると怒っているとかじゃなくて悲壮といった感じだった。

 

 「村長! 兄さんが!」

 「姿が見えんのか? 黒いののことはこちらの旅人がたに任せられることになったから、儂らで探そう」

 

 クホルンさんが事情を先回りして、判断をしていく。焦って興奮しているメルは、一瞬何かを言いあぐねるように口を閉じた後で、今度は僕の方へと目線を向ける。

 

 「旅人……、黒いのと戦えるだでか!?」

 「え、えぇ。黒ヘラジカの捜索と討伐を引き受けたばかりです」

 

 それを確認すると、メルはちらとクホルンさんを見た後で、やはり僕の方へと改めて言い募ってくる。

 

 「ならお願いするでよ! 黒いのがでたガーテンに、兄さんもいるはずだで!」

 「は……ガーテンにでた?」

 

 この村の近くじゃなかったのか。ここから追い払われた黒ヘラジカが、近くの人里であるガーテンへとたまたま行き着いていたのか。

 

 「待て、いや獣の討伐はお願いしたいのですが、モータがガーテンに? あやつは帰っとったはずじゃろう」

 

 反射的に会話に入ってきたクホルンさんが疑問を挟む。モータはこの間の露天を開いたままで、まだ帰ってきてないのかと思ったら、そうではない?

 

 「それが……ガーテンに黒いおかしな獣がでたって話を最初に聞いたのは兄さんだったらしいでよ。それで別の村人にも伝えてくれっていってからそのまま走ってったっちゅうもんだから……」

 

 それを聞いてあんなに取り乱していたのか。すぐ近くにいたはずの兄がそんな危地に飛び込んでいったと聞けばそれはああもなる。いや、僕もそんな冷静に考えている状況じゃないな。

 

 「とにかく、僕らは行ってきます」

 「うん、大丈夫、任せて」

 

 僕が告げると、続いてソルはメルを落ち着けるように手を取って話す。

 

 「お願いします」

 「どうか、兄さんを……っ」

 

 二人に、そしてその後ろからこちらを縋るようにみる大勢から見送られて、僕らはガーテンの方角へと走り出した。

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