三十一話 牛族の困りごと
僕らはクホルンさんの家まで案内されて、席について向き合っていた。クホルンさんが手ずから用意してくれたお茶は、初めて飲む味だけど落ち着く風味をしている。これの茶葉もモルモ村で育てているものらしいから、乳製品に限らず手広く農牧業を営んでいるようだ。
「それで、テスト殿も遭遇したという黒い獣ですが……」
「ショキノ王国内のとある農場近くではオオカミ、それからつい最近通った国境門付近でウサギと戦いました。何から何まで黒い、非常に特徴的な見た目をしていました」
「ふむぅ……、儂らが困らされているのはヘラジカなのです。毛皮も蹄も、そして角までも全てが黒い、不気味な外見でしたな」
「クホルンさん自身も見たのですか?」
「ええ、この村の殆どの者が見とります。何せこの村を横切って行ったのですからな」
こう言ってはなんだけど、よくそれで無事でいたものだ。黒い獣は好戦的な上に、ウサギですらあの強さだった。元から大きいヘラジカの黒なんて悪夢といっていい。
「子どもや年寄りではなく、若者が大勢居合わせたのが不幸中の幸いでしたな。モータも含めた腕自慢の連中が決死の体当たりを繰り返したら驚いて逃げていきましてな」
そんな驚きの感情が顔にでていたようで、クホルンさんが続けて説明をしてくれた。
「黒ヘラジカは逃げただけですか? 傷を負わせたりなんかは……?」
話の流れで予想のつくことではあったけど、聞いてみた。けど返ってきたのはクホルンさんの重い溜め息と首を左右に振る力ない動作。
「それで僕のような旅人に依頼しようと決めた訳ですね」
「そうなりますな。あれはどう考えても農民などには手に負えん存在です。どこへ行ったか分からんのですが、もし戻ってきたらと……」
あぁ、今は村内で普通に過ごしているのが不思議だったけど、その後は来ていないし近くをうろついている訳でもないのか。
ていうかそれはそれで厄介だな。僕らだって通りすがりだからずっとこの村の警備をするっていうつもりは無いし。
「もちろん期限を決めての捜索と、もし見つかれば討伐をという依頼です。儂らだけでは万が一を考えると捜索もできんかったものですから」
下手に探しにいって見つけてしまうと、それが刺激になって暴れられたら敵わないから、どうしようもなくて放置していたのか。たまたま黒い獣のことを口にしただけの僕らに頼ったのも頷けるな。
「一週間程度の見込みで、出来る範囲の努力をするということしかお約束できませんが、それでよければお受けしましょう」
少し考えてそう結論をだすと、クホルンさんは明らかにほっとしたように口元を緩めた。
「えぇ、えぇ、ありがとうございます。報酬は……」
「見つかって討伐出来た場合の成功報酬で構いませんよ。もし僕らが見つけられなかった場合は、別の誰かに依頼する必要もあるでしょうから」
「あまり金銭的貯えのある村でもありませんもんで、そういって頂けると助かります……」
クホルンさんは机に額を押し付けるように、深く頭を下げている。こっちとしてはファストガの時の稼ぎで余裕はあるし、先払いでもらうと正直にいって見つからなかった時に出発し辛くなってしまう。
というかそれを狙って「先払いで我が村の全財産ですじゃあ!」みたいなことをしてこないあたり、クホルンさんの純朴な人柄が見えて、これはこれで見捨てて行き辛いけど。
「それでは、さっそく…………ん?」
「マスターも聞こえた? なんか……」
「どうしましたかな?」
席を立とうとしたところで、外が少し騒がしいことに気付いた。ケンカという雰囲気でもないけど、誰かが大声で騒いでいるようだ。僕とソルにだけかろうじて聞こえる程度だし、距離はありそうだ。
何かあったのだろうか?
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