未来編・十話 現実

 ゴーストが『DEUS』が何を生成したかの手掛かりを得てから三日後、再び第七機材倉庫室では出雲いずもやなぎが画面越しにゴーストを出迎えていた。

 

 「……」

 

 言葉を発しないまま、鼻から不機嫌な息を吐いた出雲の態度に、ゴーストは目ざとく反応する。

 

 「お、その態度はそっちも一応調べはしたんだね。例のいね 慎太しんた君のこと」

 「……まぁな」

 

 予想を肯定する返事に画面の中からは手を叩く様な乾いた音がする。いい加減ゴーストのふざけた態度に慣れてきたらしい出雲は口をつぐんだが、柳の方は殊の外苛ついたらしく、小さく表情をしかめた。

 

 「それで、その不正アクセス者の正体は検討ついているのか?」

 「不正アクセス? 正体?」

 

 苛つきから居丈高な聞き方をする柳の質問――いや、詰問に、ゴーストからは露骨にとぼけた声が返ってきた。

 

 「だからっ――」

 「あの世界の開発者の稲 慎太だよ」

 

 続けて言い募ろうとした柳の鼻っ面に、静謐にすら感じられるどこか透き通りやけに落ち着いたゴーストの言葉がぶつけられる。その言葉の内容は三日前にゴーストから報告された本人が言ったというものと同じものだ。

 

 「ふざけるな! 生体機械化技術サイボーグを駆使しても二百歳を超えた例など聞いたこともない。我々を試しているつもりか犯罪者風情が!? 五百年以上も昔のゲーム開発者がどこかに生存して、『DEUS』を暴走させた挙句、その生成物にアクセスしているだと。馬鹿も休み休み言え!」

 

 普段は物静かな技術開発部長の大喝に、直接向けられたわけではない出雲が肩をびくりと震わせる。

 

 しかし出雲も意見としては柳と同じだった。つまりゴーストの言い分はありえない、と。

 

 本件の社内極秘調査チームによるこの二日の成果として、もたらされた情報から『DEUS』が“何”を基にして世界を生成したのかは判明していた。生成物の基データ、それは『DEUS』内部に参考データとして格納されていた古い個人制作ゲームだった。

 

 ゲーム『オルタナティブ』――五世紀以上も前に天才的な個人ゲーム制作者稲が、当時としては先進的な自作ツールを駆使して作り上げた驚異的な規模と作り込みを誇る快作。外部に公開するつもりは無かったと思われるその『オルタナティブ』は、しかし予想外の悲劇によって世に出回ることとなった。その悲劇とは――

 

 「寿命もそうだが、そもそも稲 慎太は当時間違いなく死亡している。ゲーム完成直後に自宅が落雷に遭うというセンセーショナルな出来事で世間の注目を集めたからこそ、警察が漏えいさせた捜査資料からあのゲームが当時出回ることになったのだから」

 「そうだね」

 

 自分達の調査で得た情報を滔々と語った出雲に、ゴーストは素直に肯定で返す。先ほどの言葉と矛盾するゴーストの態度に、再び柳が激しようとしたところで、さすがにからかうような態度を抑えたゴーストが言葉を発する。

 

 「さっきの柳さんの言葉だけどね、稲 慎太君の名前が“騙り”だっていうのもだけど、どこかからアクセスっていうのも間違いなんだよね」

 

 ゴーストが口にする内容に、出雲も柳も沈黙する。その頭の中ではそれぞれにゴーストが言おうとする内容を考え、予測されるその内容に早くも戦慄していた。

 

 「あ、もう気付いちゃった? いや~稲 慎太君は本当にすごいよ、まさに当時の天才エンジニアといっていい。ゲーム制作に魂を込めるなんて例えはあるけど……、まさか『DEUS』がAIとして本人を再現してしまうほどの人格情報を、プログラムに宿すなんてね」

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