未来編・六話 偵察亡霊

 第七資材倉庫室では、出雲いずもが不機嫌そうに端末を操作し、それを恰幅が良く頭髪の薄い中年男性――技術開発部長――が感情の読めない無表情で見ていた。

 

 中年といえる年代の女である出雲は、眼鏡越しのきりっとした釣り目を普段以上に釣り上げながら操作を終え、画面から放した目線を後ろに立っていた技術開発部長へと向ける。

 

 「準備できました」

 「あぁ……」

 

 歯切れ悪く頷いた技術開発部長の前で、出雲は最後の操作をして先ほどから準備していた通信を開始する。今このレボテック社の社内において用意できる、最大限のセキュリティを施すために、ただの音声通話の準備に時間と手間がかかったのだった。

 

 「どうもー、やなぎさん。それに出雲さんも久しぶり」

 「っ!?」

 

 開口一番に“音声”通話越しに名前を呼ばれ、技術開発部長は息を呑む。

 

 この場に至るまで通信相手――ゴースト――とは出雲のみが対応しており、繋ぎ役となった田辺たなべを含めて二人しかレボテック側の人間は関わりを見せていない。技術開発部長という立場にある柳が世間に対して素性を隠している訳でも無いが、少なくともこの場に居ることは社内ですらほとんどの人間は把握していないはずだった。

 

 「久しぶりでもない、一週間前に接触したばかりだろうが」

 

 得体の知れないクラッカーからの露骨な愉快犯的揺さぶりに対して素直に動揺する技術開発部長をかばうように、出雲は益体も無い返しを口にする。知りえないはずの情報を手練手管を駆使して事前に入手し、それを出合い頭にぶつけて主導権を握る、そんなゴーストのやり口に出雲は早くも順応して対応しつつあった。

 

 出雲の憮然としているが冷静ともいえる声を聞いて落ち着きを取り戻した技術開発部長も続いて口を開く。

 

 「君がゴーストという……ハッカー、か?」

 

 明らかに言葉を選んだ言い様に、画面越しでゴーストがくつくつと嗤うような気配がする。

 

 「そうだよー、まあハッカーでもクラッカーでも犯罪者でも好きに呼んでよ」

 

 おそらく彼の中で想像と違ったのであろう態度に戸惑う技術開発部長を置いて、出雲は少しでもこの時間を短くするべく話を前に進めようとする。

 

 「現在の状況と、やってもらいたいことだが……」

 「あ、状況説明はいいや。大体は見てきたから」

 

 被せるようにして発された言葉に、出雲も技術開発部長もそろって目を見開いた。

 

 「“見てきた”……? 何をだ?」

 

 その言葉だけを苦労して絞り出すと、出雲は黙って次の言葉を待つ。

 

 「もちろんそこのサーバーで絶賛稼働中のモノをだよ」

 「バカな……、うちの社員が付きっきりでも手が出せなかった『DEUS』生成物にもう、だと?」

 「いや、それ以前に、スタンドアロンのこれに外部からどうやって入りやがった、この小僧は」

 

 悔しさを滲ませながら驚愕する技術開発部長に、腹立たしさが目立つ声音で出雲も言葉を重ねる。

 

 「ふっくっく……」

 

 しかし画面越しのゴースト亡霊から返ってくるのは、喉を鳴らすような微かな笑声だけだった。

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