二十六話 絶賛

 黒ウサギの群れを討伐した後、さらに周囲を見回ってみたけど他には黒い獣はいないようだった。絶対とはいえないけど、少なくとも僕の『索敵』にはそれらしいのはかからなかった。

 

 「……すごかったです」

 

 国境衛兵隊の詰め所が見えてきたところで、ダラス隊長からぽつりと呟きが聞こえてくる。

 

 あの戦闘の後は、興奮冷めやらぬというか、心ここにあらずというか、とにかくぼけっとしていたが、ようやく再起動したようだった。

 

 「すごかったです、お二人とも!」

 

 ダラス隊長の大きな声に、詰め所前で僕らの帰還を待っていたらしい数人の衛兵たちも怪訝な表情をしている。

 

 っていうか口調変わってない? こんな感じだったっけ?

 

 「へっへー、アタシのマスターはすごいでしょ」

 「えぇ、まぁ、無事に済んで何よりです」

 

 胸を張って自慢するソルを遮るように、無難な返答を挟んでおく。“この”世界の情勢とかがよく理解できてない内に、僕らの名前が広まったりするのは正直にいって避けたい。何としても実力を隠してひっそりと行動する、とまでは考えてないけど目立たずに済むならそうしたいと思っていた。

 

 と、若い衛兵が二人駆け寄ってくる。

 

 「その様子だと……」

 「ああ、黒ウサギ十二匹はしっかりと討伐した。この……、雷、地、炎の三魔法を極めた超絶的な魔法使いたるテストさんに、天から光を降らすというソル・トゥールの御使いの如きソルさんがな! おお、そういえばソルさんのお名前はまさに天空神からあやかっておるのですな、ご両親は先見の明がある方々ですな」

 

 戦闘時の興奮がよみがえったように、熱の入った早口でダラス隊長が自慢げに語る。人気歌手が有名になる前のライブをみた古参ファンが自慢をしているような光景だ。

 

 僕はちょっと圧倒されて戸惑っているけど、親――つまりこの場合は多分僕になる――を褒められたソルは左右の腰に手を当ててますます胸を反らしていく。まああやかるも何も、このソルがダラス隊長のいうそのソルに違いないんだけどね。

 

 「おぉ、それほどの魔法使いだったのですか!?」

 

 若い衛兵の内の片方が特に大きく驚いている。よく見ると怪我をしていた内の一人だな。

 

 「それだけではないぞ、さらにテストさんは目にも止まらぬ紫電の格闘術の使い手にして熟練の狩人の如き鋭敏さも兼ね備えている。そしてソルさんのあの腰のロングソードは飾りではない。おそらく我らが束でかかっても一瞬で斬り伏せられるであろう恐るべき剣士だ」

 「「おおぉー!」」

 

 ダラス隊長の語りはますますと熱を帯び、聞く衛兵の数もいつの間にやら三人、五人、十人と増えていく。

 

 あ、今走り去っていった商人風の男は「皆にも教えないと」っていっていたような気がする。

 

 「そ、それで! 問題は解決したわけですから、僕らは向こうへと速く行きたいのですが」

 

 もはやこの辺りで噂が拡散することは諦めて、早々に退散することを選ぶ。ダラス隊長を筆頭に国境衛兵たちは露骨に残念そうな顔をしたものの、自分たちの本分もまた思い出したようだった。

 

 「そ、そうですな。ではしばらくそちらでお待ちを」

 「えぇ」

 

 詰め所の方を示してすぐに、会ったばかりの頃の雰囲気を取り戻したダラス隊長はきびきびと衛兵たちに命令を下していく。なんだかんだと、優秀な人たちではあるようだ。切り替えがいい上に仕事が速い。

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