七十話 事態の深刻さと覚悟と

 城内では時折警戒する魔王派魔族兵とすれ違うくらいで、黒い獣の姿は見えなかった。

 

 「っ!?」

 「大丈夫、敵ではありませんワ」

 「……」

 

 今角を曲がって出くわした軽装の兵士も、マレに宥められて警戒は解かないまでも切っ先だけは降ろしてくれる。後ろにかばう文官たちを守ることを優先するということなのか、とにかくこちらから仕掛けない限り戦う意思はないということのようだ。

 

 ここまでもそうだったし、中庭での状況は伝わっているのかもしれない。

 

 「……謁見室だ」

 「――! ありがとう」

 

 ぽつりと魔族兵士の口から情報が告げられたことに驚いたけど、とっさにお礼を返した。「何が?」とは聞くまでもない、今僕らが追いかけている秋吉あきよしはじめのいる場所のことだろう。

 

 やはり魔族の内乱や黒い獣の黒幕と、そして僕らが今この城内を駆けている理由は、兵士たちに把握されていたようだ。一般兵とはいえさすがにラストダンジョンの戦力だけあって戦力面以外も優秀だな。

 

 「行く。到着目前」

 

 データムがおもむろに先導を再開し、不意打ちから守るためかジオが寄り添うようについて行く。僕も大体のところはこの統一府城内のマップを記憶しているけど、微妙に違う部分もあるようだ。構造はほぼゲーム『オルタナティブ』そのままだけど装飾なんかは結構違っていて、そのせいか別物に見えるような区画も多い。

 

 けどそこはデータ担当ツールたるデータムはさすがだ、迷うどころか悩む素振りすら一切見せずにすいすいと進んでいく。

 

 「これか?」

 「そう」

 

 他より一際大きい両開きの扉に行き着いて、ジオがデータムに確認をしている。

 

 「謁見室、ここに秋吉一はいるはずだ」

 

 そんなことは皆わかっているだろうけど、覚悟を固める意味であえて口にする。

 

 ふと、城内に入ってからここまでゴーストが無口だったことに気付いて視線を向けると、その中性的な造作の顔はこちらをじっと向いていた。

 

 「テスト君、さっきの黒ニンゲン戦もそうだけど、君と、君のツールたちはすごく強い」

 「そうだな」

 

 ゴーストの発言の意図がよくわからないながらも、僕よりもツールたちが褒められたのが嬉しくて、反射的に肯定する。けど言いたいことはそれではないようで、一瞬目を伏せてからゴーストは再び口を開く。

 

 「……けどそれはゲームの話だ。親父が仕掛けてきているのはゲームの対戦じゃない」

 

 僕も遊び気分ではないつもりだけど、覚悟が足りないように見えたのだろうか?

 

 「もちろんわかってる。最悪の場合は、ゲームの仕様外の力も使うさ」

 「それがわかってない!」

 

 強い語調のゴーストに、僕だけでなく周りを警戒してくれていたソル、ジオ、データム、マレも驚いている。

 

 「君が制作者としてどこまでいってもゲームとしての『オルタナティブ』を大事にしたいのはわかるけど……。決定的に対立した以上は、きっと親父は全権を掌握したら君たちを消そうとする。外から来たジブンは逃げ場もあるけど、君らはそうなると“死ぬ”ことになる」

 「……」

 

 すぐに言葉が出ない。ショックを受けたのだろうか? それもよくわからない。

 

 いね慎太しんたとしての僕がずっと昔に死んでいる、というのは既に聞かされていて、その時も十分にショックだった。けどAIとしてでも今こうして思考している“自分”がいるからか、まだ生きているとも心中では信じていた。

 

 「一応補足しておくけど、“外”の方にも期待はしない方がいい。こっちがしくじればレボテックや政府では親父を食い止められないだろうし、できるとしたら親父の目を盗んで拡散前に『DEUS』サーバーごと物理的に破壊することだろうから、どちらにしろこの世界や君たちにとっては最悪の結果だ」

 「必死で頑張れってことだな」

 

 今度こそ言葉通りの覚悟を込めて返すと、ゴーストはそれ以上は何も言わずに小さく頷いた。

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