六十話 浸食する黒

 「歩いて数時間ってところだったか?」

 「ゆっくり歩けば、それくらい。徒歩圏内」

 

 少し自信なく呟いた言葉をデータムが肯定してくれる。蛇族の拠点である集落は、もうすぐ近くだ。

 

 けど問題は……

 

 「まぁ秋吉あきよしはじめが蛇族の集落にいるかは、わからんけどなぁ」

 

 とはいえ現状での唯一の情報が、蛇族と一緒に行動していたということだけだ。

 

 「いなくても、きっと何かの手掛かりはあるはずですワ」

 「だな、あの黒い羽を使ったヤツを締め上げれば何か吐くだろ」

 

 マレの言った通り何かは掴めるはずだし、ジオの言うように多少強引なことをしてでも今は情報が欲しい。

 

 さらにいうと、より良い手段を模索して浪費するような時間もない。主戦派の反乱には魔王シャフシオンが対応していて、僕らとしても抑えきってくれることを期待しているけど、秋吉一の暗躍を許せばどうなるかはわからない。というか、多分黒い獣を操れる主戦派が勝つだろう。そうなる前になんとかしないと。

 

 「ただし、蛇族の集落に着く以前にここは魔族領だ。強力な獣もいるだろうから気を……つけ、て……」

 「ん? どうしたの、マスター?」

 

 歩いて進む先、何もない草原を見たまま言いよどむと、ソルが不思議そうにする。

 

 「あ……」

 

 ゴーストも何かに気付いたようだ。盗賊風の格好をしているわりには特別気配に敏感という訳でもなさそうなゴーストだけど、“この”気配には目ざとかったようだ。

 

 「来るぞ、あの辺」

 

 少し離れたあたりを適当にぐるっと指で指して警戒を促す。さっき気付いた微かな気配は、もう半分くらい形を成している。まだ目には見えないけど、これは……。

 

 「ヘビ……っ!? 黒の!」

 

 地中から飛び出すように頭を見せた大きなヘビは、鱗の一枚一枚まで全てが真っ黒だ。それが一匹……、始めから潜んでいたというよりは急に出現した――僕の索敵が間違っていなければ確かにそう感じた。

 

 「今、ここに現れた。あの時みたいに」

 「でも周りにアイテムを使ったような人は……、いないよね」

 

 ソルの言うようにあの時のように祭祀蛇族がいる訳でもない。

 

 「どうやって出現させたかも気になるけど、一つ言えることはジブンらの上陸はバレてるって考えて間違いないね」

 

 余裕あるような口調のゴーストだけど、その頬には一筋の汗が伝っている。確かに楽観できることではない、だけどある程度覚悟というか予想していたことでもある。

 

 色々と考えてしまって思わず動きの止まる僕らだったけど、視界の端で鮮やかな蒼が翻るのが見えた。

 

 「海嘯撃かいしょうげき・(小)! ですワ」

 

 青のウェーブロングをなびかせてハルバードを振り上げたマレが、出合頭にみた技の名を微妙に変えて口にする。

 

 「あ……」

 

 口を開いて驚くゴーストの声が聞こえる中、あの時よりはるかに少ない量の水塊が上空から降り注ぎ、こちらの隙を窺うように鎌首をもたげていた黒ヘビへと叩きつけられる。それがどれほどの高空から落ちてきたものか、“ただ水が掛かった”だけの黒ヘビの胴体は半分ほどが潰れ、瀕死の状態を晒していた。

 

 「でぃっ!」

 

 驚異的な生命力でそこからの反撃を試みたのか、黒ヘビがぶるりと胴を震わせた瞬間、裂ぱくの気合いとともに跳躍したジオの綺麗な跳び蹴りが黒ヘビの首もとに突き刺さり、それでようやく姿を薄れさせ消滅する。

 

 「バレていようが見張られていようが、関係ありませんワ」

 「そうだぜ、オレらの方から乗り込んだんだ。やり返されるのが怖くてケンカができるかよ!」

 

 艶然と胸を張るマレと、快活に笑うジオを見て、黒ヘビの出現にやや狼狽していたゴーストは完全に不安を振り払えたようだ。

 

 「そうだね、あの何考えてるのかわからない親父を相手にするんだ。いちいち考え込んでたって無駄だよね」

 「え、あ、そ、そうだな」

 

 自ら作り出したAIに「何考えてるかわからない」とか断言される秋吉一って男も、変人なのか不憫なのか……。

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