未来編・二話 不穏

 休憩室で雑談に興じている出雲いずも田辺たなべの目に、廊下を忙しなく歩く一団の姿が映る。

 

 「あれは……」

 「えぇ……」

 

 先頭を歩く老齢の女性の顔は二人共が知っているものだった。

 

 ――矢足やたり。出雲と田辺が勤めるゲーム会社の社長であり、創業者だった。

 

 「何かあったのか?」

 「あったんでしょうねぇ……」

 

 気を揉む出雲をよそに田辺の態度はそっけない。

 

 「今あの一団に加わってないってことは、関係ないってことっすよ」

 「む、うぅ……」

 

 冷めた田辺の言葉に出雲は唸る。事実、矢足たちが焦っている理由を知らない以上は、それが正論だと理解せざるを得なかった。

 

 「お? こっちに……」

 

 しかし一団の中の一人が休憩室内に目線を向けたところで、状況が変化する。中に誰がいるかを確認して、恰幅が良く頭髪の薄い中年男性が一人、休憩室へと入ってきた。

 

 「君は……出雲君だな? 秋吉あきよし君と同じチームだった」

 「え、はい、……そうですけど?」

 

 中年男性――技術開発部長から鋭い視線を間近で向けられた出雲は、たじろぎつつも反射的に返事をする。そして自分が知るだけでも同僚、そして元同僚の“秋吉”は複数いることを思い出して確認が必要だと思い至る。

 

 「秋吉さん……って、あの秋吉さんの事ですよね? 『DEUS』開発者の」

 

 今は会社の手を離れた世紀の大発明を生み出した先輩の、どうにも印象薄い顔を苦心して思い浮かべながらの出雲の言葉に、技術開発部長は小さく頷いた。

 

 「同じチームとはいってもあれの開発は秋吉君の独力だったことは承知しているが……とりあえずついてきてくれ。君の見解も聞きたい」

 

 かつて出雲が秋吉の後輩として所属していた基礎技術開発チームは個人主義的な部署だった。当時の責任者の思想あるいは嗜好によるもので、チームとは名ばかりでメンバーは各自の仕事にのみ専念していた。事実、同じチームメンバーであった出雲は、秋吉が『DEUS』を開発した経緯をまるで知らない。

 

 「ち、ちょっと、え? な、ななんですか?」

 

 取り乱してしどろもどろになっている出雲の顔を見て、技術開発部長は何も事情を説明していないことに今気づいたような小さく驚いた表情を見せる。この初老に差し掛かる年代の上長も相当に焦り、思考が空回りしている様子だった。

 

 「『DEUS』に問題が起きた」

 「えぇ?」

 

 苦渋を滲ませた短い返答に、出雲はさらに困惑する。

 

 「政府がしている実験でですか? そんなの――」

 「違う、我が社の方だ」

 

 さらなる未知の情報に、出雲は言いかけていた言葉を飲み込んで停止する。取り上げられたはずの『DEUS』に、どちらの“方”もない。しかし技術開発部長の言葉は出雲の、というよりは大半の社員の持つその認識を否定するものだった。

 

 「……あるんですか?」

 「第七機材倉庫室だ」

 

 やや間を空けてから出雲が絞り出した確認に、「はい」でも「いいえ」でもなく場所の名前が告げられた。そしてその部屋は出雲も知っている、……古いが処分はできない事情のある機材を詰め込んでいると聞かされていた開かずの倉庫室として、だったが。

 

 「極秘裏に解析を試みていたプログラムが突如暴走し……何らかの“世界”を生成した、と思われる」

 「……は?」

 

 自社の企業倫理に疑問を持つような衝撃と、そこに至っても歯切れの悪いこの上長の言葉に、出雲はこの日一番の間抜け面を披露した。

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