五話 神の一柱
駆け寄ってきたシスターは膝に手をついて息を切らせている。よほど急いでここまで来たようだ。
「天空神教会のシスター? いったい何が用だっていうんだ? このテストさんはこの街の人間じゃないぞ」
髭門番の言葉を聞いて、シスターはこくこくと頷く。それは把握済みだと言いたいらしい。
ちなみにこの街、というか国で信仰されているのは天空神。文字通り空や天候を司る女神、という設定だ。そしてその女神の名前はソルで神の敬称『トゥール』をつけてソル・トゥールと呼ばれる。もちろんゲーム制作用のツールの名前に引っかけたダジャレだ、……誰にも見せる予定のないダジャレ――だった。
なんとなく長く制作している内に愛着がわいたツールをゲーム内に登場させたかったというのと、制作ツールはゲーム内世界からすると神で違いない訳だしな。
「はぁ、はぁ……、あの、はぁ、最高司祭様が門前にいる髭のダンディーな旅人を何としてもお連れするように、と。はぁ、はぁ、その、ソル・トゥールからのお告げがあったと」
そういえば、天空神教会の最高司祭は神のお告げを聞いて天気予報のようなことができると設定した気がするな。イベントなんかには一切絡めなかったから今まで忘れていたけど。
「……悪いが、教会がこうまで言うんだ、一旦そっちについて行ってくれるか? 用が終わってから守備隊詰め所で俺を探してくれ。詰め所は街中にいくつかあるが、ヒーゲンに用にあるといえばまあなんとかなるだろ」
「あ、あぁ」
そうだ、この門番、ずっと髭って呼んでたけどそんな名前つけたなあ。開発中ですら髭って内心で言っていた気がする。
「では、こちらに」
まだ息が上がっているシスターが急かすように、しかし丁寧に先導を始める。最高司祭の客人だが正体不明の旅人ということで、扱いというか態度に困っているようだ。
……門番のヒーゲンに続いて改めてだけど、これはもう完全に人間で間違いないな。いや僕の知っている生物としての“人間”かはわからないけど、少なくとも僕の制作したゲーム内NPCではないことは確かだ。
そもそも、さっき交代に来た若い門番、このシスター、そして往来を歩く人間の大半、どれも作った覚えがない。顔、髪形、服装やアクセサリー、これらすべてに見覚えがない通行人や、記憶にない看板や露店、そういったゲーム『オルタナティブ』ではない証拠が、きょろきょろと見回すほどに増えていく。
しかし一方でわからない。さっきのヒーゲンの名前に容姿、天空神教会、そしてこの街の大部分の構造、それらは全て把握している。僕の制作したものと同じだ。『オルタナティブ』と大体同じで、違う部分もあり、そして普通の人間が暮らすこの世界は、本当になんなのだろう?
「どうぞ」
考え事に没頭していたようで、気付くと目の前でシスターが教会の扉を開けて招き入れようとしてくれている。
というか、中で膝をついて頭を下げている老人は最高司祭か? 気付いたシスターはその畏まった姿にひどく驚いて動揺しているようだけど。
「ようこそおいでくださいました、尊きお方」
顔だけを上げた老人は低く渋みのある声でそんなことを言った。なんとなく気恥ずかしさを感じて振り返ると、今入ってきた扉は既に閉じられていてシスターの姿は見えない。
というか、教会の中も見る限り誰もいない。あらかじめ人払いはしておいた、ということだろうか。
「あぁ、話しづらいから立ってもらっても?」
「はい」
老人が素直に立ち上がる。純白のローブの裾は汚れていない。この教会内部は綺麗に掃除されているんだな。
「色々と聞きたいのですが――」
いい加減混乱極まってきたし、得られるだけ情報を得てこの状況の手掛かりに指だけでもかけたいところ……だったんだけど。僕が切り出そうとすると、老人は黙したまま首をゆっくりと左右する。
答える気は、……というかこの場で会話する気はないって感じかな。
「こちらへ。私はただの使いに過ぎないのです」
本当に畏れ多いという感情のこもった仕草で、老人は先導して歩き始める。その動きはゆっくりとしたものだけど、滞りがない。
「どこへ?」
だからこれだけ端的に聞いてみた。奥へと進む以上はこの建物――教会――内部のどこかの部屋なんだろうけど。
「ソル・トゥールの御許へ」
いやだからどこ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます