七話 オルタナティブ岩戸開き

 しばらくして感情が落ち着いたソルが、一歩離れて照れた様子で目を逸らす。腕の中からソルが離れたことに名残惜しさを感じるあたりは、僕も状況に心細さを感じているのか会えるはずのない仲間に会えたからなのか。

 

 「マスターはどうしてアタシらがこうなってるのか、何かわかる?」

 「いや、何もわかってない。現状ではこの周辺が限りなく『オルタナティブ』に近いってことくらいかな」

 「むぅー……」

 

 僕の頼りない返答にソルは腕を組んで眉間に皺を寄せる。期待に応えられなくて申し訳なく感じるけど、実際何もわからないしなあ。

 

 わからない、といえばだ。

 

 「いやそもそも、ソルこそどういう状況? あのソル・ツールだよな、僕の使ってたツールの」

 

 改めての質問にソルは腕組みを解いてきょとんとした表情を見せる。

 

 「そうだよ?」

 

 さっきと同じ質問に同じ答えが違うイントネーションで返ってきた。

 

 「『オルタナティブ』はゲームだ。そして……ソルはツールだ」

 

 少しのためらいを挟みながらもはっきりと告げた。さすがにこの状況で「愛用のツールが擬人化してお話しできるなんて最高!」と楽観的にはなれない。

 

 「あー、そういうことか。うん、そうだねアタシはマスターに作られたただのプログラムで、ヒトじゃないしAIでもないから本来は意思を持った存在じゃない、はず。それはちゃんと認識してるよ」

 「記憶とかはどうなってるんだ? 僕を制作者としてちゃんと解ってるみたいだけど」

 

 僕はさっき天空神教会関係者から連れてこられてここにきた。つまり状況としてはこの異世界で現地で信仰されている神に呼び出されて会いに来た、というような状況。そして一方でここは自作のゲーム『オルタナティブ』にそっくりで、さらにソル・ツールはゲーム制作用ツールだ。

 

 どちらが今目の前にいるこのソルにとって“現実”なのかを確認しておきたい。

 

 「ん~、記憶としてはどっちもある、かなぁ。この世界で空と太陽の神ソルとして古くから存在して祀られてきたっていうのも覚えているよ。でも、それがアタシたちが作ったゲーム『オルタナティブ』だっていうこともはっきり理解できてるし、何よりそっちが“本当”だって断言できる」

 

 なるほど、この世界オルタナティブの存在としての記憶と、ゲーム『オルタナティブ』を制作した記憶はどちらも保持していて、その上でゲームをツールとして作った方を“現実”と認識している、と。この世界の方の記憶は単に知識として知っている程度みたいだし、それなら僕と同じ認識と思って良さそうだ。

 

 「そっか、正直にいってほっとしたよ。少なくとも一緒にパニックになれる仲間がいたってことだ」

 「あはは、そうだね。この街の人たちはこここそが“現実”だから、アタシたちが知りたいことを質問しても混乱させるだけだよね。てか、アタシがそんなことを神託しちゃうと混乱ですまない可能性もあるから、ついさっき目を覚ましてからどうしたらいいかわからなかったんだよね」

 

 頬を掻くソルが話した内容からも、僕とほぼ同じ状況だと再認識した。あっちの方もさっき急にこの世界で覚醒して、焦っていたところに門前で僕を発見したから連れてこさせたって感じかな。

 

 「何か知っているとしたら、あの子かなぁ……やっぱり」

 「データム?」

 「うん」

 

 データム・ツールはデータ担当のツール。世界観設定的ないわゆるフレーバーテキストからシステム上の設定値まで、知識に関してを担当していた。そのデータムもこのソルみたいに自律化して行動しているとしたら、確かに何かを知っていてもおかしくはない。

 

 「そうなると、魔族領……かぁ」

 

 僕の溜め息混じりの呟きにソルも苦い表情で頷く。ソルと同じくデータムもゲーム内世界に神の一柱として設定している。知識の神であり……、魔王率いる魔族が唯一神として崇める神、ということになっている。

 

 そして魔族は人族の天敵で、ゲームでは中盤辺りに宣戦布告イベントがあって人族領域へと侵攻してくることになっている。あくまでゲームでの話ではあるけど、魔族領へと入り込むとなると相当に苦労はするだろう。

 

 「まずは魔族領に近いドワーフの国、鍛冶国家ゴルゴンを目指そう!」

 

 不安を払しょくするように、ソルが短い赤髪を揺らして元気よく宣言する。

 

 こうして僕はソルと一緒に旅立つこととなった。

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