未来編・三話 神無き世界の罪業、あるいは奇跡

 技術開発部長に連れられた出雲いずもは、件の第七資材倉庫室へと来ていた。同行を許可されなかった後輩の田辺たなべは二人の所属チームへと状況を報告に戻ったためにこの場にはいない。

 

 「――っ!」

 

 そして電子錠を開いて入って行った技術開発部長に続いた出雲は部屋内を見渡して息を呑む。

 

 何があったかといえばそう驚く様なものは無い。サーバー設備に端末が四つ、そして出雲も見たことのある顔を含めた数人の社員が深刻な顔で佇んでいた。

 

 事前に聞いた通り、ここでは『DEUS』を稼働させていた、それだけのことだった。しかしぎりぎりの直前まで心のどこかで「そんなことあるはずが」と会社の良心を信じていた出雲からすると、現実を突きつけられたような心地がしたのだった。

 

 そしてこの部屋内にいるのは出雲を連れてきた技術開発部長も含めて根っからの技術者ばかりのようだった。ちらとみえた社長の矢足やたりたち経営側の人間はこの“不祥事”への対外的な対応に追われているのだろう。

 

 その対応が隠蔽か釈明かはこの時点で出雲に知れることではなかったが。

 

 「世界を生成したと聞きましたが……」

 

 何も言わない周囲に焦れた出雲がおずおずと切り出すと、立っていた内の一人、出雲と同年代くらいにみえる薄茶の髪色をした女が目線を技術開発部長へと向ける。そして目線の先の相手が小さく頷いたのを確認して口を開いた。

 

 「ログを見る限りでは、何らかのデータを基に世界生成を実行したらしく……、このサーバー内には既に相当に大規模な生成物が稼働しているようです」

 

 実験は秘密裏にしていたということは、政府主導のものと同様におそらくはごく小さな範囲での生成と稼働はしてきたはずだった。しかし今起こっている事態は規模の大きなものらしく、この場の雰囲気からするとおそらくは相当に多数のAIも生成されているのではないかと出雲は推察した。

 

 人間と同等に思考が可能なAIを生成するということは、単に倫理的な問題に留まらない。それほどのものを生成するプログラムを作り出した側と同等の存在が、そこにいるということだった。それも今回の場合では一や二ではなく無数の“それら”が存在する世界を生成したということであれば脅威も空想ではなく現実味を帯びる。

 

 「物理的に破壊するしかないかと思います。ソフト的なアプローチをすれば、不測の事態もないとは言い切れません」

 

 部屋内の全員に向けて出雲は断言する。しかしその事にこの場の人間が思い至れていないとは、出雲も考えていなかった。

 

 「上層部からそれはやめろと言われている。後の禍根となりそうなことは厳禁だと、な」

 

 つまり後々に事態が明るみに出た時に、乱暴な手段を用いていればこの会社、この業界、ひいてはこういった技術そのものに不満を持つ勢力から良い様に糾弾されると会社の経営陣は考えているということのようだった。

 

 しかし技術開発部長の語尾には力がはいっており、その判断こそが後の禍根だといいたげだった。そしてそれは出雲も含めこの場の全員の気持ちと大差ないものだった。

 

 「……基になった何らかのデータというのは?」

 

 対処についてこれ以上の言葉が浮かばない出雲は、先ほどの説明から気になった点を思い出して口にする。実験に使っていたデータでも、誰かが持ち込んだデータでもなく、“何らか”などと曖昧な物言いに、何か言い辛い事情でもあるなら誤魔化さずに教えてくれという意図だった。

 

 しかしそこに込められた意図など無く、溜め息交じりに先ほどの薄茶髪の女が説明する。

 

 「何らかとしか言いようがありません。どこにあった何のデータなのかが現状不明で、それを探る方法に見当すらついていないということです」

 

 あまりに情けなく、また先の暗い状況に出雲は「溜め息を吐きたいのは私の方だ」という言葉を苦労して飲み込んだのだった。

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