二十五話 圧倒的な二人
国境門から離れて、衛兵たちが巡回していたという辺りを僕とソルは歩いていた。
そして国境衛兵隊からの同行者も一人。
「この辺りで遭遇したという話だったな」
油断なく周囲を見回すのは国境衛兵の隊長さん――名前はダラスというらしい――だ。
国境の、そして警戒装置の設置範囲の目印として一定間隔で置かれたポール沿いに今は歩いている。門から少し距離のあるこの辺りまでホーンラビットを追ってきたところで、黒ウサギに遭遇して返り討ちにあったらしい。
「今のところ普通の獣だけですね」
「ああ」
ここに来るまでに何度か聞いていたホーンラビットや、それにファングウルフなんかにも遭遇していた。けどそれはいつも通りらしいし、その獣たちにも変わった様子なんかは見られなかった。
「ソルは何か見つけた?」
「ん? んーん」
下唇に指をあてたソルが首を横に振る。一応確認してみたけど、今のところは何の手掛かりもないな。
「そういえば黒オオカミの時も相当に近づかないと気付けなかったな……」
そんなことを思い出しながら呟く。聞いたダラス隊長の唾を呑む音だけが響く中で警戒しつつも探索を続けた。
「この気配……」
少し経ったところで、定期的に展開していた『索敵』に引っかかるものがあった。
「何か見つけたか!?」
「まだ遠いですが、あっちに」
驚いて警戒するダラス隊長にまだ距離があることを告げつつ、方向を指して教える。
「ソル、いつでもソーラーレイを撃てる準備を」
「うん」
歩く速さは緩めずに、警戒は高めて、気配を感じた方向へと向かっていく。
「ほぼ間違いない。聞いていたより数は多い」
「ぬぅ……」
端的に情報を告げると、ダラス隊長が唸った。厄介な黒ウサギの想定数が増えたのだから顔をしかめたくもなる。
「近いっ」
足を止めて手を差し出し、二人にも止まるように伝えながら、拳を構えて警戒する。
「ど、どこだっ!?」
とまどうダラス隊長の言うように、どこにもウサギの姿は見えない。けど、僕の『索敵』技能は確かにすぐ近くに十体以上の厄介な敵が潜んでいることを告げている。
気配を感じる限りでは、個々では黒オオカミに比べるとかなり弱いと思う。けどそれでも普通の獣よりは圧倒的だし、なにより数が多い。ダラス隊長も中々の手練れのようではあるけど、ここは僕とソルで一気に蹴散らした方が良さそうだな。
「ソル」
「――? ……うん」
名前だけ呼ぶと、伝えたいことは何となく伝わってくれたようだ。
「来るぞ!」
僕の声を合図にしたわけではないだろうけど、一斉に地中から黒い毛玉のようなものが這い出して来る。数は十二。
「太陽よ応えて、ソーラーレイ!」
上空から圧倒的な熱量を持った閃光が降り注ぎ、回避の遅れた黒ウサギ四体を光の中で消し炭に変える。
「はぁっ!?」
既存のどの魔法とも違うソルの『ソーラーレイ』をみてダラス隊長が驚愕しているけど、今は説明も自慢もする暇はない。
「帯電」
今の動きを見ても黒ウサギは相当に機敏だ。ここは攻撃力を激増させる炎の魔法拳よりも、攻撃範囲を拡げる雷を選択した。
「ど、どうした急に!?」
自分の拳へ魔法を掛けた僕を見て、ダラス隊長は戸惑っている。いちいちこういう反応を戦闘中にされるのもなぁ。
無視して踏み込み、拳を振り上げる。
「せいっ!」
そして足元の位置まで接近した黒ウサギ目掛けて振り下ろし、地面へと拳を叩きつけた。そう、地面。直前で素早く散開した黒ウサギには拳は当たらない。
しかし――
空気が弾けるような、ばぢんっ、という音が響く。ダラス隊長は肩を震わせ、ソルは追撃のためにロングソードを抜いて油断なく構える。
「よし」
拳から広がった電撃は狙い通りに黒ウサギたちを捉え、その大半を仕留めていた。
残りは二匹。
「ソルっ!」
「任せて、マスター」
気負いのないソルの返事を聞いて、片方の黒ウサギを完全に視界から外し、やや離れた場所でなお戦意を見せる黒ウサギへと意識を集中する。どうも黒い獣にも個体差があるようで、こいつだけは異様にすばやい。ソルの『ソーラーレイ』からも、僕の魔法拳からも、こいつだけは余裕をもって避けていたように見えた。
距離があるから、魔法で攻撃した方が確実か。魔法も他の技能と同様に、高レベルとなって初めてスキルが使える。ただ剣術とかと違うのは発動媒体がなくても、一部の高等スキル以外なら素手で使えるということだ。
ただしいきなり狙って撃っても、こいつには避けられるだろう。実際黒オオカミにしても『ソーラーレイ』は弱らせるまで当たらなかった。
なら――
「ロックライズ!」
地魔法のスキルを発動させる。地面を隆起させ、岩の大槍をぶち当てる豪快かつ発動の速い強力な魔法スキルだ。唯一の欠点は砂や岩の地面でしか使えないことだけど、今は正にその条件を満たしている。
「ッ!」
あの黒ウサギは、それにさえも反応する素振りをみせる。けど甘い、狙いはそもそもお前そのものじゃないよ。
がががっと大音声を響かせて、素早い黒ウサギの“周囲”の地面が大きく突き上がる。
「ッ? ――!?」
周り全てを岩の牢獄にされたことに気付いた黒ウサギの戸惑う様子が、僅かな隙間から見える。
「で、ファイアボール!」
続けて炎魔法のスキルを斜め上に放つ。強力な熱を内包した火球が山なりに飛び、岩槍の牢獄の内側へと着弾する。
地へ着いた火球は一瞬で噴き上がって炎上し、岩槍の内部はさながら炉のように燃え盛る。
そして、それもすぐに消え、後には黒ウサギの灰すら残っていない。
「こっちも仕留めたよ」
振り返ると、ちょうどソルが黒ウサギを斬り伏せたところだった。これで少なくとも『索敵』で捉えた気配は全部片づけたな。
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