未来編・五話 掴みどころがなく不快な存在

 「……」

 

 出雲いずもは乱暴な足音を立てながら、ビル群を縫うように存在する路地の一角を、一人で歩いていた。

 

 「……ふぅぅ」

 

 複雑な感情を溜め息に乗せて吐き出す。地味目な外見に反して意外とプライドの高い女である出雲は、自ら解決策を見出せず、後輩の口車に乗って怪しげな噂に頼る己の姿に嫌悪感すら抱いていた。

 

 高層ビルが立ち並ぶ区画にある路地。そこは言葉のイメージとは裏腹にさほど汚れた場所ではなく、しかしイメージ通りに人気のない小路だった。

 

 二本の大通りを繋ぐ路地のちょうど中間地点であり、不自然なほど唐突にベンチが置かれた辺りで出雲は足を止める。

 

 「誰も……いないか」

 

 後輩の田辺たなべを通して指定された時間からは十分が過ぎていた。迷った訳でも用事があった訳でもなく、ただ子どもじみた「気に入らない」という感情で待つよりも待たせることを選択した出雲であったが、謎の多い存在の機嫌を損ねたかと少しの焦りを覚える。

 

 「別に帰ったならそれでいいさ。元より外部に頼るようなことじゃない」

 

 自分に言い聞かせるような内容の言葉を、出雲は小声で早口に呟いた。誰かに言った訳ではないそれは、しかし出雲の意に反して返事を得ることになる。

 

 「いやいやいや、遅れてきておいてそれはないでしょ」

 

 はっきりと、しかしどこからともなく聞こえた声は、少年のようにも女性のようにも、また若いようにも壮年のようにも聞こえる、そんな捉えどころのないものだった。

 

 「む……本当に来ていたのか。お前が……ゴースト、でいいんだな?」

 「そうだよー。レボテックの出雲さん」

 「……」

 

 聞こえよがしに告げられた所属と名前に、出雲は不機嫌さを隠そうともせずに押し黙る。外部の人間であるゴーストに頼るにあたって、出雲は当然会社の上司に打診をして、拍子抜けするほどあっさりと許可を取っていた。その上で仲介役となった田辺には「レボテック社の人間がとある依頼の交渉に向かう」とだけ連絡をさせていたのだった。

 

 田辺がうっかりと漏らしたのでなければ、出雲の名前はこのゴーストが独自に調べたということになる。個人情報など今どきは子どもでも調べられる事柄ではあるものの、ここに来るのが出雲である、という事実はどうやって調べ上げたのか? それが出雲には見当もつかなかった。

 

 「まあそれはそれとして『DEUS』の件はジブンに任せるってことでいいの?」

 

 気安げに、馴れ馴れしい口調で、続け様に告げられる“伝えていないはずの内容”に、出雲はもはや辟易としてくる。

 

 「なんでも己の手の平の上で踊らせられると思いあがるなよ、小僧」

 

 元よりきりっとした両眼に、普段以上の険を混ぜ込みながら、出雲は唐突に視線の方向を変える。そこには、ベンチの陰になるように小さな黒い箱――無線式スピーカー――が置かれていた。無造作なようでいて計算しつくされたその置き場所は、複雑に音を反射させて声の出所を悟らせず、また周囲の色合いや影の差し方によって普通は目に入っても気付けないという絶妙な配置だった。

 

 その配置一つとってもゴーストという人物の用心深さと頭の良さが窺え――そしてその程度の域には自分も達しているぞ、と出雲は反目した。

 

 一方で“小僧”と年齢と性別を絞るような呼びかけをしたことは、当たっていれば僥倖であるし、外れていても適度に相手の油断を誘う要因になると踏んだ、出雲のしたたかな一面故の仕掛けだった。

 

 「ふぅん、それで? どうするのさ?」

 

 明らかに面白くなさそうな感情が声に乗ったゴーストの反応に、出雲は鼻を鳴らして溜飲を下げる。こんなことをしても何の意味も無いが、そういう子どもじみた意地を捨てきれないのがこの出雲である。

 

 そして外連味すら感じさせるもったいぶった仕草で、出雲は再び視線の向きを変えて口を開く。

 

 「頼むさ、もちろん。こっちはお前の調べている通りに……困っているからな」

 

 出雲の視線の先にある、先ほどのスピーカーの比ではなく慎重かつ狡猾に隠されたカメラによる映像、それを見ていたゴーストなる存在は、今度こそ演技の不貞腐れではなく本心から口端を歪めた。

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