十五話 懊悩する紳士と苦悩する魔王
ファストガを発ってから、僕はソルとのんびり草原を歩いていた。丸一日は移動しているけど、ここはまだファストガ近郊フスラ丘陵の一部だ。
その間ほとんど無言で考え事に集中していたけど、ソルは文句も言わずについてきてくれている。というか、途中の食事も、日が落ちた後の野営も、率先して動いてくれるソルに任せっきりだったな。
「……わからん」
「ん?」
久しぶりに発した意味のある言葉に、ソルがさすがに首を傾げて反応する。まあ普通に考えて「こっちこそお前の言ったことがわからん」とでもいいたい状況だよな。
「いやあ……、人の多いファストガから離れて改めて色々と考えてたけどさ……。この状況って何だろうなって」
「うぅん……」
唸っているけどソルにだってわかる訳ないよな。
「とりあえずゲーム『オルタナティブ』そのものじゃないってのは納得した。人は普通にヒトだし、そもそも建物の配置とかデザインだって明らかに知らないものがあった」
ずっと考えていたことを改めて言葉にする。それはとっくにわかっているんだ、だからこそ――
「街とか地名とか、だいたいはゲームのままなのが不思議? それに――」
「――この世界が“何”かさえわからないから、行動の方針がまるで立てられないんだよなぁ」
ソルの言葉を意図的に遮って、適当な愚痴を口にした。今ソルが触れようとしたのは僕たちのことだろう。“現実”の存在でありただのゲーム開発者の僕がなぜテスト・デ・バッガとしてここにいるのか、そして同じく“現実”であってもツールに過ぎないはずの彼女はなぜ意思持つ存在となっているのか? どちらも、なんとなく触れるのが怖く感じて思わず遮っていた。
「それはそうと」
なんとなく気まずくなって、わざとらしさを自分でも感じながら話題を変える。
「魔族の動きってどうなってるんだろうな?」
「あぁ……、どうなんだろう? 気になるよね」
ゲーム『オルタナティブ』であれば、プレイヤーのレベルが一定以上であることと、既定のイベントを解決していることを条件として、魔族が人族へ宣戦布告をし、物語は後半へとなだれ込んでいく。
「今から向かう訳だし、ゴルゴンについて探り始める前に戦争が始まったらやりづらいな」
「じゃあちょっとは急いだ方がいいのかな?」
そう言って少し歩く速度を速めながら、僕とソルはゴルゴンへ向かう道を歩き続けるのだった。
*****
その頃、テストとソルが向かう先――魔族領――ではまさに二人が気を揉んでいた事態について話し合いが為されていた。
「では人族領への侵攻は取りやめるべきであると?」
細い目と体の一部を覆う鱗が特徴的な蛇族の族長、シューラングラゥメンは一切の温度を感じさせない声音で上座へ向かって問うた。
「なんだ不満か、蛇族の長よ。我らが代表殿の意であろうが」
怒りから漏れ出る呻き音を隠そうともしないのは猫族の族長、カッツノーレン。頭頂部のネコ科動物によく似た耳を忙しなく動かし、イライラを全身から発散している。
「やはりネコはうるさいのぉ……、誰かつまみ出してくれんか」
「――何をっ!」
わざわざ挑発して睨み合いを始めたのは犬族の族長、フンツテーネであり、部族としても個人としてもカッツノーレンとは仲が悪い。
他にも何らかの動物に似た特徴を備えた人族、という風体の人物がこの場には座っている。彼らこそが古くは亜人、近年では魔族と自称し、人族と敵対する部族であり、ここに居るのはそれぞれの部族を代表する族長たちであった。
これら族長たちによる会議は統一府と呼称され、個々では規模の小さな部族に過ぎない彼ら魔族は、統一府の元で統一魔族連邦として国家の体を為していた。
そして集まりがあるならばそれを指揮する者が必要となる。それが上座に位置する族長代表、羊族のシャフシオンであり、人族から今代の魔王と呼ばれる青年だった。
「完全に取りやめるとは言っておらん。が、今しばらく検討の時間を取りたいのだ」
シャフシオンはその重厚な体つきと厳つい顔に見合った重々しい声で告げた。しかしそもそもが本質的には同格の族長であり、部族の利を優先する気質でもあるシューラングラゥメンはそれでは引き下がらない。
「我々が獲れるはずであった領土はどうなるのですか? 戦争の準備も
嫌味たらしい詰問口調で言い募る言葉に、シャフシオンは僅かに眉根を寄せる。
「いいから待て、少なくとも今ではないのだ」
「……はぁ。従いましょう、横暴ではありますが」
溜め息で始まり嫌味で締めたシューラングラゥメンの返答に、シャフシオンは胸中でうんざりとする。
「(何を言われようとこのまま侵攻など出来る訳がない。そもそもなぜこの場の誰も攻め込む“前提”であることに疑問を持たんのだ。……我らは、一体どこの誰に“けし掛け”られた!?)」
気付けば人族との戦争が既定路線であったことに、ただ一人疑問を抱くこの思慮深い羊族の若き族長は、誰に知れることもなく苦悩の渦に呑まれているのだった。
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