二十九話 牛族青年の憂鬱

 「チーズうまいでよー、おいらたちの村の特産品だでなぁ」

 「へー、旅でも持ち運びやすいサイズのってある?」

 「これ何かどうだ?」

 「買った!」

 

 手の平サイズのごろっとしたチーズを二つ買うソルの背中越しに、思わずじろじろとその牛族の若者を凝視してしまう。

 

 「お、お連れさんか? ね、値段はおかしくないはずだども……」

 

 視線に気づいた彼は体格に見合わずおどおどとした態度で弁明し始める。

 

 びっくりしたあまり、目つきが鋭くなってしまっていたようだ。考えてみたらこのテスト・デ・バッガの顔は良くいえば渋いけど、悪くいうとやや悪人面だから、急にじっと見られたらまあ怖いよな。

 

 「おっと失礼。悪い意図は全くなかったのですが、つい驚いてしまって」

 「あ、あぁ! おいらが魔族だからだな。この辺に住んどるもんだで、大丈夫でよ」

 「モルモですか?」

 「おお知っとったんか」

 「名前だけ、ですが。この目で見た訳ではなかったので、つい……。いや失礼しました」

 

 若者は裏のなさそうな朗らかな笑顔で胸を撫でおろしている。こちらに敵意がないことを確認してほっとしたという様子だ。やはり“実際に”人族領に住む魔族というのは苦労しているのかな。

 

 「おいらはモータだ。この市かモルモ村に寄った時にはよろしくなぁ」

 「テスト・デ・バッガ、旅人をしている者です」

 「アタシはソルだよー」

 

 こちらもすぐに名乗り返すと朗らかなモータの笑顔に、緩さが混じる。温厚というか能天気そうなこの若者なりに、人族への警戒心というのはやはりあったのだろう。

 

 しかし気になるのは彼の心情よりも、この状況だ。もしかしてモルモはこの辺りで普通に受け入れられて馴染んでいるのか?

 

 人族と魔族の和解、というのはゲーム『オルタナティブ』にはないルートだけど、今こうして立っているこの世界での話となると、争わずに済むならそれに越したことは無いと素直に思える。

 

 「こことモルモの行き来は盛んなのですか?」

 

 軽い気持ちで質問すると、途端にモータの笑顔は曇ってしまった。困ったというよりは純粋に悲しいといった表情だ。

 

 これだけで十分すぎる回答だな。目の前にある悲しい顔は、僕が作った状況によるものだと考えると心苦しくもある。

 

 「最低限の情報交換をするだけだでなぁ。これも頼み込んでやらせてもらっとるだけで、村同士でやり取りがあるって訳ではないんだぁ」

 「君は……、モータはその“やり取り”をしたいと思っているのですね」

 「そうだでなぁ、仲いい方がいいに決まっとる」

 

 ふと、見回すとこの市のありようがモータたち牛族とこの村の関係を表していることに気付く。

 

 それほど露骨ではないけど、モータの露天だけ周りと少し間隔が空いている。加えて他の露天主は、ちらちらと警戒心のある視線をモータへ向けるか、あるいは逆に不自然なほど視線を向けないかのどちらかだ。

 

 客の方の、この村の住人ではなさそうな人々はただ純粋に魔族がここに居ることに驚くだけだが、ガーテン村民たちは敵意や害意はなさそうだけど、何となく関わることを避けている空気があった。

 

 視線を戻すと、モータは寂しそうに笑っていた。

 

 「まぁ、こういうことだで」

 

 今僕が見てとったことは、一見すると鈍そうなこの若者も当然に感じ取っていたようだ。いや、失礼だな、ここに生きる彼からすれば嫌でも肌に突き刺さってくる感覚だものな。

 

 「旅人さんはどっちの方へ行くんだ? あっちならおいらの村もあるからぜひ寄ってくれ。チーズ以外にも色々と美味しいもんあるでな」

 

 重くなった空気を変えようとしたのか、殊更に明るくそんなお誘いを受ける。

 

 「わ、それは気になる! チーズあるってことは牛乳とか?」

 「それはもちろんだで、他に芋も美味ぇし――」

 

 その内容に食いついたソルへと、嬉しそうにモータは里自慢を交えて話し始める。

 

 ソルも寄りたいようだし、様子くらいは見にモルモへも行ってみようかな。

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