未来編・八話 鳴動する電脳空間

 「内部にあったデータということならば、心当たりはあるにはある」

 

 技術開発部長であるやなぎの言葉を受けて、出雲いずももゴーストも揃って無言で先を促す。

 

 「参考データという形で、動作には関与しない新旧のゲームやシミュレータが『DEUS』内部には収まっていた。何分と謎の多い『DEUS』のことだから、消したり移したりはせずに残していたはずだ」

 

 続いた内容に、露骨に白けた空気が流れる。画面越しからはこれみよがしに溜め息まで聞こえた。

 

 「あれは半分以上が秋吉あきよしさんの趣味ですけどね。あんなただのデータがきっかけになるなら、『DEUS』はとっくに暴走していたでしょう」

 「そうそう」

 

 出雲がなじり、ゴーストが相槌を打つ。どこか似たもの同士といった雰囲気のある二人に、あまり感情を表に出さない柳もさすがに引き結んだ唇を歪める。

 

 「ただ心当たりをいっただけだ」

 「まあ、そうですけど」

 

 宥めるように受け答えた出雲だったが、一点だけ引っかかるものはあった。

 

 「お前も、随分と詳しいようだな。『DEUS』にも、秋吉さんにも」

 「……」

 

 すでに生成物中への侵入も成功させたというこの凄腕クラッカーが、内部に含まれる参考データ集の存在を知っていることにもはや驚きはない。しかし出雲の目から見て、先ほどからの画面越しの反応は、それよりも前から知っていた馴染みの事実へのそれであるように思えてならなかった。

 

 「……どうだろうね?」

 

 返ってきたのは肯定でも、否定でもなかった。

 

 「おまっ――」

 「待って、様子がおかしい」

 

 食って掛かろうとした出雲の言葉を、嘲るような調子を含まない“らしくない”ゴーストの制止が遮る。そこに含まれた深刻な色合いは、実際無視できる雰囲気ではなかった。

 

 「これは……、外部との通信? ……どこかと取引を?」

 

 過多ですらあった感情がすっぽりと抜け落ちた無機質な声で、画面越しのゴーストは聞いてくる。それはつまり「ジブンを売ったのか?」という詰問だった。

 

 しかし責められる側には動揺しかなかった。このクラッカーの心証を心配してではなく、寝耳に水だったからだ。

 

 「そんな訳がないだろう。我が社にとっても醜聞だ、この件も、君もな」

 「いや、それより通信だと? どういうことだ」

 

 きっぱりと柳が否定した後で、ゴーストは数瞬の間押し黙る。画面の向こうでは何かを調べているようだった。

 

 「そちらがジブンを陥れようとしてるんじゃなければ、『DEUS』が勝手に外部と通信してるよ。ずっとモニターしてたけど……今の今まで気付かなかったな」

 「ずっと……? それはいつから――」

 「いやそんなことより、“何を”通信している?」

 

 出雲はゴーストの行動への不信感を強めたが、柳としてはこの不本意な状況が次はどう遷移するかが優先だった。そしてその方が都合がいいのはゴーストにとっても同じであり、話は当然そちらへ流れていく。

 

 「どこか……くそ、追っても出所がわかんないや……から、ウィルスみたいな何かが送り込まれて、何かを……してる? みたいな」

 

 リアルタイムで通信相手の特定を試みながらの要領を得ない言葉ではあったが、柳も出雲も、どちらも戦慄し、冷や汗を流すに足るだけの状況であるとは理解した。

 

 「どう……なりそうだ?」

 

 出雲が、少しの躊躇いをみせながらもゴーストに展開の予測を尋ねる。

 

 「高度ではあってもただの自然現象シミュレータでしかなかった『DEUS』が、別の“何か”に変貌させられつつある、ということだね」

 「「――っ!?」」

 

 もはや言葉にならないほどの衝撃に、出雲は足元の床が不意に崩れ落ちるような錯覚すら覚えていた。

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