六十八話 決して相容れない邂逅

 「ん?」

 

 唸るシャフシオンと武器を構えて固まる犬族と猫族を前に、秋吉あきよしはじめは通り雨に降られた程度の驚きを口にする。

 

 余裕を見せて腹が立つな。ここはひとつ、ばしっと決めてやろうか。

 

 「デバッグに……、いや違うか、チーターをBANしにきたぞ」

 「ぷふぅっ」

 「……」

 

 到着と同時に放った僕の決め台詞を耳にして、息を切らせたゴーストが噴き出した。一人だけぜぇぜぇしながらついてきたくせに……。それに当の秋吉一も何も言わないせいで完全に僕がすべったみたいな空気になってしまっている。

 

 「あれは猫族の族長カッツノーレン。あっちが犬族のフンツテーネ」

 

 話題を逸らそうとしてくれたのか、データムが淡々と解説してくれる。名前を呼ばれた二人は目だけでこちらを凝視して驚いているようだ。「なんでこんなところに人間の一団が!?」という声が目から聞こえてくるようだ。

 

 「もしかして……那由他なゆたですか?」

 「そうだよ」

 

 ん? 那由他っていうのは確かゴーストの本名だったはずだけど、何か他人行儀だな。

 

 「ジブンは外の世界じゃプログラム……AIだからね。会話はしてきたけど、“顔”を合わせるのはこれが初めてなんだよ」

 

 こそっと小声で注釈される。なるほど、そういう感じなのか。

 

 「最近見かけないと思っていましたが、なるほど、レボテックに肩入れしていたのも君でしたか」

 「まぁね」

 

 端的にやり取りをしてから、奇妙な親子はしばし見つめ合う。

 

 「そしていね君。確かに私は独自のツールをウイルスという形式で利用していますが、それもこの世界を……君の『オルタナティブ』を守るためなんです。手伝えとは言いません、手を引いてください」

 

 親子間のやり取りはそれでよかったようで、続けて僕の方へと言葉を向けてきた。

 

 「断る。そっちの言う“守る”は、僕にとっては“乗っ取る”とか“支配する”に聞こえてるんだよ」

 

 はっきりと拒絶すると、秋吉一は小さくため息をついたようだった。

 

 「では無視して勝手に進めます」

 

 言い終わるかどうかという内に、何か黒い雫のようなものを数滴こぼしながら秋吉一は姿を消した。

 

 「ぐ、むぅぅ」

 「く、はぁっ、はぁ……」

 「だ、代表殿、こいつらは……?」

 

 途端に動けるようになったらしい犬猫族長はよろめきながらもシャフシオンと僕らの間に立とうとする。しかしそれを阻んだのは、苦しそうに立ち上がったシャフシオン本人だった。

 

 「尊き神々よ、偉そうに言っておきながらのこの体たらく……、本来であれば顔向けすることもできぬ恥と心得ている。しかし……しかし今は、何卒ご助力を!」

 「「っ!?」」

 

 まっすぐに僕の目を見て発されたシャフシオンの言葉には、カッツノーレンとフンツテーネだけではなく、様子を窺って動きあぐねていた周囲の魔族兵士たちも驚愕したようだった。

 

 突然やってきた人族の集団に対して自分たちの代表が「神々」と呼んだ挙句、頼みごとをしたんだからそれはまぁそうなるだろう。

 

 「助力も何も、黒い獣の黒幕退治は最初っから僕らの優先事項だ。むしろこっちからちょっと通る許可をもらいたい」

 「この中、ちょうど真ん中らへんだね~」

 

 ちょうどいいタイミングでゴーストは補足をいれてくれる。それは秋吉一が今逃げて行った先……、統一府城の真ん中らへんというと、おそらく謁見室だ。

 

 「いったい何が……?」

 「あるじ、あれ……くるっ!」

 

 状況に戸惑うフンツテーネの声を遮るように、データムが鋭く注意を促す。

 

 「ギャァァァァァァァッ!」

 

 悲鳴のような産声をあげながら、さっきの黒い雫が作った小さな水たまりから、人の三倍はありそうなサイズ感の真っ黒な巨人が這い出そうとしている。

 

 基本的に黒い獣にはどれもベースになる動物があるようだったけど、これはそのベースが人間の黒ニンゲンってところだろうか。

 

 「この程度は我が――ぐぅ」

 「代表殿!」

 「無茶はせぬよう」

 

 進み出ようとしたシャフシオンが呻いて立ち止まると、疲労以外にはダメージのなさそうなカッツノーレンとフンツテーネが抑えて下がらせようとする。一方でシャフシオンは秋吉一からの干渉で、見た目に出ないところにかなりのダメージを与えられていた様子だ。

 

 「大丈夫、任せておけって。通行料代わりに、これくらいは踏みつぶしていってやる」

 

 何ともいえない表情の魔族たちが見守る中、僕とツールたちは立ちふさがる黒ニンゲンの目前へと進み出ていった。

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