第21話 透けブラ事変

「あのさ了くん。乃亜ちゃんって学校に友達いないっぽいのかな?」


 乃亜が帰って2人きりになった途端、えみりが梶野に尋ねる。


「あー……うん。そう言ってたね」

「だとしたらさ、了くんが出した『条件』がちょっと気になるなって思って」


 乃亜に出した梶野家に来るための条件。

 1つ、学校にはちゃんと行くこと。

 2つ、宿題をちゃんとやること。


 えみりは1つ目の項目が気になるようだ。


「友達いないのに学校行くのって、けっこうしんどいと思うんだよね……」

「……あ」


 目から鱗だった。


 乃亜が堂々と学校をサボる姿に違和感を覚えたがゆえの条件だった。

 しかしサボるのにも理由があるはず。こんな当たり前のことも気づかないとは。


「もちろん学校に行くのは正しいことだけどさ……場合によってはも必要なのかなー、なんて」

「えみり先生……」

「それやめてって」


 えみりはどこか大人びた微笑みを浮かべながら、梶野の背中をちょんとつつく。


「了くんは前から、ちょっと頑固なところあるぞっ」

「えみりは良く見てるなぁ。良い彼女さんになるぞ、きっと」

「もー、そんなこと他の人に言ったらダメだぞ?勘違いされちゃうからね?」

「あはは、気をつけるよ。それより今日のえみり、なんか大人っぽいような……」

「気づいた?朝、お母さんの香水ちょっと付けてきちゃった。ド○ガバの」

「なんだ〜、ド○ガバの香水のせいか〜」


 ◇◆◇◆


 翌日、梶野は帰路の途中で、これから散歩へ向かう乃亜&タクトとバッタリ遭遇。

 その流れで、梶野も付いていくことに。


「今日は暑いね」

「もうすぐ7月っすもん」

「でも久々に晴れてくれたおかげで、タクトも嬉しそうだ」


 まだ梅雨明けには遠いここ数日は雨続きで、散歩に行けていなかった。

 数日ぶりに土手を闊歩するタクトは「うひょーっ」と見るからにはしゃいでいた。

 

「試験は来週からでしょ?大丈夫そう?」

「うー、まあなんとか……」


 口調からも顔からも自信が見られない。

 しかしふと、瞳が小ずるく光る。


「試験終わった後、カジさんが遊びに連れて行ってくれるなら、もっと頑張れそうだけどにゃー」

「えっ、いやそれは……」

「頑張れそうだけどにゃああああッ!!」


 圧がすごい。


 いくらなんでも、JKと2人で遊びに行くのはどうなのか。


「(でも家に入れることの方が問題な気がするし、いまさら遊びに行くくらい……いやいやでもなぁ……)」


 悶々と考えている時だった。

 不意に目にした『薄い水色』に、梶野は思わずギョッとする。


「(乃亜ちゃんブラ透けてるよ……!)」


 暑さで汗ばんできたのか、乃亜の白いブラウスが透けて、水色のブラがうっすら見えていた。


「(教えた方が良いのか……いやそれはセクハラか……?)」


 現代社会を生きる男にとっての超難問を前に、梶野は苦悩していた。


 その時だ。


「……ども」

「あ、ども」


 乃亜が見知らぬ女性とすれ違いざま会話を交わす。

 梶野は意識がブラに向いていたせいで、一瞬しかその人物の容姿を確認できなかった。


「今の散歩友達?」


 乃亜は何でもないように答えた。


「いや、クラスの」

「へークラスの……ってクラスメイトっ?」


 振り返って見ると、彼女の制服スカートは確かに乃亜のと同じ柄だ。


 今はもう背中しか見えないが、ショートカットでスラリとした女子だということは分かる。身長は、女子にしてはかなり高い。


「クラスメイトと偶然会ったにしては、反応薄すぎない……?」

「そう?だって別に話したことないし」


 そっけなく、どこか冷たい乃亜の口調。

 彼女に家族や学校の話を振った時、大抵こんな態度になる。


「でも今、向こうから挨拶してきたよね。仲良くなれるかもよ?ここを歩いてるってことは家が近いのかもしれないし」

「えーいいよ別にー。子供に興味なーい」


 同い年の子を『子供』と呼ぶ乃亜。

 学校に友達のいない彼女をえみりは心配していたが、そもそも乃亜に友達を作ろうとする気がないのだ。


 一体何が、彼女をそうさせるのか。


 重く、大切なテーマだ。

 しかし梶野の思考は、どうしてかそちらに向かわない。

 なぜか。なぜなのか。


「(透けブラが気になって、考えがまとまらない……っ!)」


 依然として透けている水色のブツ。

 梶野の胸には劣情とは別の感情が渦巻く。


「(不特定多数の野郎が乃亜ちゃんの透けブラを見るのは……なんか許せない)」


 ジョギングする野郎、散歩する野郎。

 すれ違うたびに梶野は「ガルルルッ!」と無理やり怖い顔を作って牽制する。

 これにはタクトも「うわっ、それほど怖くない……」といった顔をしていた。


「……カジさん、実はアタシ、メンタリストなのですよ」


 そんな中、乃亜は突如として訳のわからないことを言い出した。


「カジさんの心に宿る感情のカラーを、言い当てることができます」

「いや、どうしたの急に」

「アタシが言う言葉からイメージする色を、心のままノータイムで答えてください。見事当ててみせます」

「良いけど……」


 神妙な雰囲気に、梶野は気圧される。

 乃亜は事前に梶野の答えを予想し、その内容をメモ帳に書く。


 そうして乃亜は、対象となるその言葉を言い放った。


「言おうか言うまいか、もどかしい思い」

「んー水色」


 梶野は約束通りほぼノータイムで、心のままに浮かんだ色を告げる。


 乃亜はうっすら笑みを浮かべると、メモ帳を掲げてみせた。

 梶野は、言葉を失った――。


『すけブラの色』


 これが、メンタリズム――。


 乃亜は必死にしたり顔を作り、笑う。


「残念でしたねぇカジさん!アタシは全部わかっていましたからねぇ!ブラが透けていることも、カジさんに見られていることも!」


 だがその実、耳まで真っ赤なうえに涙目。

「死ぬほど恥ずかしい」と顔に書いてある。


「この件を『透けブラ事変』として一生イジられたくなければ、試験後にアタシを遊びに連れて行くのです!良いですね!?」


 恥を隠すため豪気っぽく振る舞う乃亜。

 梶野は降参する。


「……えみりも一緒なら、良いよ」


 そう言いながら梶野は、Tシャツの上に着ていた麻素材のジャケットを、そっと乃亜に掛けてあげるのだった。

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