第91話 立てこもるアラサー
マンションのエレベーター前にて、2人はバッタリ遭遇。
「お、えみり先生、おっすおっす」
「乃亜ちゃん、おっす」
ハイタッチする乃亜とえみり。
互いに梶野家に行くところで、偶然鉢合わせたようだ。
「えみり先生、今日は塾ない日でしょ?どしたの」
「この辺の文房具屋さんに買い物に来て。ついでにね」
JKとJSは仲睦まじく会話しながら梶野家へ。
するとリビングから、散歩用リードをつけたままのタクトが走ってきた。
「あー待て待て。お、2人とも、いらっしゃい」
「お邪魔っすカジさーん♪」
「お邪魔します。了くん、タクトの散歩に行ってたの?」
「うん、ちょうど今帰ってきたところ」
「……ふーん」
「……んー?」
ニコニコと笑う梶野に、えみりと乃亜はほんのり違和感。
このアラサー、何か隠してる?
「んー?んんーー?」
「……なるほど」
「え、ふ、2人ともどうしたの?」
何か吟味するように梶野に近づく乃亜と、タクトの体を念入りにチェックするえみり。
「カジさん――」
「了くん――」
そして、告げた。
「神楽坂と」「幕上と」
「「会ってたでしょ?」」
唐突な追及に、梶野は思わず口から「ひゅっ……」と声を漏らす。
そんな反応も当然だ。
なぜなら、図星なのだから。
「な、なんで……?」
「カジさんの服にほんのり付いてる柔軟剤の香り。これは神楽坂のだね。あいつんちはちょっと匂い強めのを使ってるから。柔軟剤の匂いって、うつるんすよ」
「に、匂い探偵……?」
「タクトにくっついてるこの長い髪の毛。私のより長いし、金色じゃないから乃亜ちゃんのでもない。何よりこの根元の方で変にネジれてるところを見るに、たぶんツインテールだよね?じゃあ幕上しかいないね」
「姪探偵、再び……!」
感心する梶野だが、それどころではなかった。
「カジさん?なんで神楽坂といたのかなぁ?しかもアタシに内緒でぇ?」
「了くん、本当のことを言おうか。幕上と何してたの?」
「い、いやぁ、偶然会っただけで……」
「カジさん!!!」
「了くん!!!」
「ひぃぃぃっ!」
乃亜とえみりから、まるで作り物のような笑顔で詰め寄られていく梶野。
アラサーは久々に、恐怖で泣きそうであった。
◇◆◇◆
つい先ほど梶野が、神楽坂と姫芽と交わした約束。
神楽坂は乃亜と、姫芽はえみりと、微妙な関係にある。そこで梶野が乃亜とえみりに、神楽坂と姫芽のことをどう思っているのか聞き出す、というもの。
『『でも絶対、バレないように!!』』
こう、強く念を押されたアラサー男。
しかし一瞬で、彼女らと密会していたことがバレたアラサー男。
窮地に追いやられた結果、彼がとった行動は――。
「コラー!出てきなさいカジさーん!」
「そんなことしても、何も解決しないよ了くん!」
『知りまセン……偶然会っただけデス』
寝室に立てこもっていた。
乃亜とえみりに無理やり真実を吐かされそうになった梶野は、とっさに寝室へ逃げ込み、鍵をかけた。
それから30分。
彼は何を言われても、何度ドアを叩かれても「知りまセン……偶然会っただけデス」の一点張りであった。
「いい加減にしなさーい!カジさんは完全に包囲されてるんだぞー!」
「飼い主の情けない現場を前に、タクトも悲しんでるぞー!」
ワフッ!
「ほら聞いたかー!ため息みたいな吠え方したぞー!」
タクトを使っての人情作戦ならぬ犬情作戦でも、梶野は一向に寝室から出て来ず。
乃亜とえみりに問い詰められれば、いずれ吐かさせる。しかし乙女2人の繊細な悩みを、そう簡単に暴露するわけにはいかない。
だからこそ彼は、立てこもっている。
この行動には梶野了という人間の、情けなくも頑固な性格がこれでもかと反映されているのであった。
「こうなったら、そこらにあるカジさんの衣類を片っ端から嗅いでいくぞー!ぐへへ〜〜〜!」
「ほらいいの了くん!?乃亜ちゃんが強硬作戦に打って出るつもりだよー!」
「そうだー!早く出てくるんだ了パイセーン!」
1人増えている。
その事実に、乃亜もえみりも梶野も瞬時に気づいた。
「あれ、琥珀ちゃんだー」
「ちーっす乃亜ちゃん、えみりちゃん。面白そうなことしてんにぇー」
「面白くないよー。了くんが寝室に立てこもっちゃって」
「いや面白いよその状況、最高じゃん」
『最高じゃないわー!』
「知りまセン……偶然会っただけデス」以外の言葉が、久々にドアの向こうから聞こえた。
『この状況、元はと言えばおまえのせいだろ琥珀!』
「えー、何を根拠にー?」
『しらばっくれんなー!』
この会話に、乃亜とえみりは顔を見合わせて首を傾げる。
「琥珀ちゃんも関係してるのかな?」
「分からないけど、とりあえずこの場は琥珀さんに任せた方がいいかもね」
そんなこんなで梶野と琥珀はドア越しに怒涛のやりとり。ついにはこんな展開になる。
「もー、じゃあ僕だけ聞きますから、ここ開けてください」
『……分かった』
そう言って梶野は一瞬扉を開けると、琥珀の首根っこを掴んですぐさま部屋に連れ込む。
琥珀は「あーれー」などと言いながら、抵抗することなく寝室に吸い込まれていった。
「……どうなるんだろうね、あれ」
「なんか了くんが可哀想に思えてきたね」
「そうね。よく分からないけど、めっちゃ板挟みになった末の行動なんだろうね」
板挟みにした張本人が、ほのぼの告げるのだった。
10分ほど経った頃、梶野と琥珀は共に寝室から出てきた。
そうして彼らが告げた『提案』。
それは、乃亜やえみりにとって、意外なものだった。
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