第90話 一回落ち着いて日菜子さん!

 どうも皆さん、おはようございます。

 花野日菜子、24歳です。


 ここで、怖い話をひとつ。


 ある日のこと。

 私が想いを寄せる会社の上司Kさんは、何やら体調が優れない様子でした。


 そこで私は帰宅後、Kさんにメッセージを送りました。

 

『会社では辛そうでしたが、無事家に着いたでしょうか?心配でケバブが喉を通りません』


 優しさ溢れる気遣いの上に、くだらないボケをぶち込む高等テクニック。私の愛され後輩力が存分に発揮されたメッセージと言えるでしょう。


 Kさんならきっと『食べなきゃ食べないでいいよね、ケバブ』と活きの良いツッコミをくれるはず。そう思いながら私は返信を待ちました。


 しかし……実際に返ってきたメッセージに、私はゾッとしたのです――。


『心配サンキュー♪ いま家に着いてベッドでおやすみプン5秒前だよー!ケバブは食っとけ☆』


 チャラい!チャラすぎる!

 こんなの梶野さんじゃない!!!


 私の知っている梶野了さんという人は、ユーモアはある方です。時たま小粋なボケをかます人です。


 しかし、こんな捨て身の大ボケを、ましてや後輩の私にぶち込むタイプでは断じてありません。


 なら、別の誰かが代わりに送ったことになります。


 真っ先に浮かんだのは乃亜ちゃんでした。梶野さんちに入り浸ってるあのJKなら、ふざけて私に送ってもおかしくありません。

 よく見れば、いかにも乃亜ちゃんが書きそうな文章ではありませんか。


 ところがその翌日、梶野さんからこんなメッセージが送られてきました。


『昨日は変なメッセを送ってごめんね。後輩がウチに来てて、僕の代わりに送ったらしい』


 ん?

 新キャラ?


 その時ふと、ひとつの可能性が頭をよぎりました。


『心配サンキュー♪ いま家に着いてベッドでおやすみプン5秒前でっす!ケバブは食っとけ☆』


 これ、女じゃね、と。


 なんかこう、女性の書く文章って、たとえそれがふざけた内容でも分かりませんか?

 文体のリズムとか、言葉遣いのクセとかで。


 私、そういうの分かるんです。

 女の勘ってやつですね。


 もしやこの後輩とは、女なのでは?

 私を牽制する目的で、こんなメッセージを送ってきたのでは?


 私はずっと、そんな疑問で頭がいっぱいでした。


「あぁ、それ琥珀ちゃんだ」


 だからこそ、このメッセージを見た乃亜ちゃんのこの反応には、ド肝を抜かれました。


「琥珀、ちゃん……?」

「うん。カジさんの2つ下の後輩なんだって、大学の。おもしれー人だったよー」


 日曜日のお昼時。

 前々から約束していた乃亜ちゃんとのランチ。それがまさか、こんな心臓に悪い会合になるとは。


「そ、その琥珀さんって……どんな人なの?」

「見た目はすごい派手だった!髪がピンク色でさ!」


 あ、これ女子かも。

 琥珀ちゃん、女子かも。


 梶野さんの2つ下ってことは27歳。

 27歳の男性が、髪をピンク色に染めますか、普通?

 もし男性なら、相当な変態ですよ。


「んーとね、最初は『こんな人がカジさんの後輩?』って思ったんだけど、話してみると面白くて、アタシとも結構マインドが通じ合った感じ?」


 あ、これ女子だな。

 琥珀ちゃん、女子だな。


 だって27歳の男性と乃亜ちゃんのマインド、通じ合うわけないですよね。


 だってこの乃亜ちゃんですよ?

 このオペラッパーなギャルJKですよ?

 私でもたまに「何言ってんだこいつ」って思う時ありますもん。


「お、お仕事は何してる人なの?」

「フリーのイラストレーターだって!めっちゃ有名らしいよ!」

「へー、私も知ってる人かな?」

「眠ちょすって名前だって」


 はい確定。女子です。

 琥珀ちゃん、女性確定でーす。


 眠ちょす。

 私も知ってますよ、有名ですもん。

 

 謎に満ちた人物で性別も公表されておらず、ネットでは女性ではとの声が多く上がっているイラストレーター さんです。


 ただ、私には分かります。

 腐っても美大卒ですから。


 あの絵のタッチ、人物造形、服飾への細部への書き込み。あれは女性にしか描けない表現です。

 間違いなく、眠ちょすは女性です。

 

 ただそうなると……ひとつ大きな疑問が残ります。

 なぜ乃亜ちゃんは、これほどまでに安穏としているのでしょう。

 

 梶野さんの元カノであるエマ先輩にはあれだけ敵意を剥き出していたのに、突然家に上がり込んできた後輩女子には何とも思わないのでしょうか。


「……乃亜ちゃんはモヤモヤしなかったの?」

「何が?」

「梶野さんと琥珀さん、仲良さそうだったんでしょ?それを見て……なんというか、モヤモヤしなかったの?」

「あー……」


 乃亜ちゃんはカフェオレを啜りながら、少し複雑そうに話します。


「正直、ちょっとモヤった。なんかカジさんと琥珀ちゃんの間には、アタシの知らない独特な空気感があって……入り込めないなーって思っちゃった」


 分かりやすくブルーな表情を浮かべる乃亜ちゃん。と思いきや、突然力のこもった目を見せました。


「でもさ!なんていうか……そういうの認めてこそ、デキる女じゃん!?」

「……え?」

「ああいう関係って、アタシとカジさんじゃどうしても築けないって分かってるからさ!そこに嫉妬してたって仕方ないし!アタシにできることをするんだ!」

「……そっか」


 そう答え、爽やかな大人の笑顔を浮かべる私。

 しかし、心の中では大騒ぎです。


 えーーーーー大人ーーーーー!!!

 乃亜ちゃんいつの間にこんな大人になったのーーーーー!?


 私なんて梶野さんに新たな女の影が出てきたってだけで、内臓が痙攣するほどブルってるんですけどーーー!!


 何より、この短い間でオペラッパーな乃亜ちゃんを手懐けるって、琥珀ちゃんどんな女なのよーーーー!?

 強敵間違いなしじゃん、もーーー!!


 まだ見ぬ琥珀ちゃん!

 あなたは一体何者なんだーーーー!! 



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