第89話 続・乙女たちの悩み(ほんとに面倒くさい)

 つまるところ神楽坂と姫芽の悩み、ひいては乃亜とえみりに対する不満は共通していた。


 もっと私を大事にしろーーー!!!

 とのこと。


「うーん……」


 そんな相談を受け、梶野は頭を悩ませる。


「分かりませんか梶野しゃん!分かりますよね!?」

「大人なんだから分かるでしょ!?」


 JKとJSに詰められる梶野は、本音を隠して何度も頷く。


「う、うん、言いたいことは分かったよ……」


 どうやら神楽坂と姫芽は、互いに友達へ共通の不満を持っていると知り、絆を深めたらしい。

 ついには怒りを顕在化させ、こうして徒党を組むまでになっていた。


 そしてその発端に、梶野は思い当たる節があった。


「(琥珀、神楽坂ちゃんたちに何をしたんだよ……)」


 梶野の予想通り、琥珀が原因である。

 彼が神楽坂と姫芽を2人きりにしたことで、このコンビは生まれたのだ。


 ただ、気圧されているだけでは何も解決しない。

 何より、彼女たちは本気で悩んでいるらしい。なのでここは大人として、対応しなければ。


 梶野はひとつひとつ、丁寧に噛み砕いていく。


「えっと、まず乃亜ちゃんについてだけど……別に神楽坂ちゃんのこと、大事にしてないわけじゃないと思うよ?」

「どういうことですか?」

「たぶんだけど、乃亜ちゃんって仲が良くなるほどベタベタしなくなるタイプじゃない?だから神楽坂ちゃんが雑だと感じるなら、それだけ深い関係なんだと思うよ」


 友達観は人それぞれで、たまたま乃亜と神楽坂のそれに相違があるだけだろう。

 そう考えた梶野だが、神楽坂は納得していない。


「……でも乃亜、日菜子さんにはベタベタしてますよね?尊敬してる感じで、尻尾振って……」

「あー……まぁ友達として仲良いのと、年下として尊敬してるのだと違うんじゃない?」

「えみりちゃんにも、私より優しく接してるような……」

「えみりはほら、4歳も年下だからさ、一応」

「梶野しゃんとだって、イチャコラしてるじゃないですか!」

「いや待って!それは語弊がある!」


 神楽坂のこの放言に、姫芽は頬を染めて梶野を見つめる。


「えっ……アナタとギャルビッチって、そういう関係だったの……?」

「いや違う違う!ただのお隣さん!」

「でも、イチャコラって……」

「それは乃亜ちゃんが勝手に嗅いでくるだけで……」

「嗅ぐ……?なんで……?」


 純粋な女子小学生には理解不能な世界であった。


「そういえばアナタ、梶野の元カレなんじゃ……」

「ええっ!?梶野しゃんとえみりちゃんがっ!?」

「もっと違う!てかそれは、前に訂正したじゃん!」


 そもそもそんな勘違いがきっかけで、梶野と姫芽が初遭遇したのである。

 そういえばと、神楽坂が姫芽に問いかける。


「姫芽ちゃんは梶野しゃんに、そのことで謝りたいから昨日も一昨日も来たんだよね?」

「あ、えっと、はい……」


 姫芽のその微妙な反応を見て、梶野は閃く。


「本当は僕に謝りたいんじゃなくて、えみりともっと話したいと思ったからわざわざウチに来たとか?」

「んなっ……!?」


 姫芽は一瞬にして顔を真っ赤にする。


「ち、違うわよバカ!変態!」

「へ、変態……」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 思いの外ショックを受けたアラサーと、それを見て罪悪感に苛まれる女子小学生であった。


 ただ、梶野に謝りたいというのが本当の目的でなかったことは事実のようだ。


「本当は……梶野が最近よく一緒にいるっていう、ギャルのことが知りたくて……」

「あぁ、乃亜ちゃんか」

「前に、梶野とギャルビッチが一緒に写った写真を見せられたの……」


 姫芽はポツポツと語り出す。


「今年受験なのに、こんなギャルと遊んでて大丈夫かって思って……梶野について行ったら会えるかと……」

「なるほど。だから姫芽ちゃん、乃亜に対して当たり強いんだ」

「それはっ、アイツが私のことチビとか言うし……」


 姫芽が乃亜を毛嫌いする理由が分かったところで、梶野がやんわりフォローする。


「確かに乃亜ちゃんは見た目ギャルだけど、えみりの邪魔にはなってないと思うよ?よく2人で勉強してるし……」

「そう!それも腹立つの!」

「え、なにが……?」

「ギャルビッチと仲良くなった頃から梶野、成績が上がったの!それまではちょっと落ち気味だったのに!」


 春頃のえみりは受験生・学級委員長・お姉ちゃんという多重の肩書きから、少し疲れていた。

 しかし再びタクトとの時間を作り、乃亜と出会ったことで、うまくリフレッシュできるようになったのだ。


 ただ、それが姫芽には面白くなかったようだ。


「色々大変そうだったから、アタシが相談にのってあげようとしたのに……」

「幕上ちゃんは、えみりとすごい仲良くしようとしてくれてるんだね」

「そ、そんなんじゃ……ア、アイツとは志望校も一緒で、長い付き合いになるかもだから……」


 素直ではないが、姫芽のえみりに対する気持ちは純粋で、まっすぐなのだ。

 だからこそ、3年ぶりにクラスメイトになったにもかかわらず素っ気ないえみりが、不満なのだ。


「でもえみりもさ、3年も経ったら変わるんじゃ……」

「変わったからって、急に冷たくなるのはおかしいじゃない!」

「そうですよ梶野しゃん!本当に私たちの気持ち分かってますか!?」

「ご、ごめん……」


 ここで梶野はつい、あえて言わなかったことを、口から滑らせてしまう。


「じゃあさ、神楽坂ちゃんも幕上ちゃんもその気持ちを、乃亜ちゃんとえみりちゃんに直接言ってみれば……」

「「絶っっっ対イヤ!!!」」


 猛烈な拒絶の二重奏が、河川敷に響き渡った。


「そんなこと乃亜に言ったら、絶対バカにされる!かまってちゃんだとかなんとか!」

「そうよ!そんなの一生イジってくださいって言ってるよなもんじゃない!」

「す、すみませんすみません!」


 JKとJSの理不尽な圧に、アラサーは謝罪する他なかった。

 梶野は彼女らの怒りを鎮めるため、ひとつ立案する。


「じゃ、じゃあさ、僕から乃亜ちゃんとえみりに探りを入れてみるよ。2人のことをどう思ってるかって」


 この提案に、神楽坂と姫芽は顔を見合わせた末に、そろって頷く。


「それなら、まぁ……」

「別に、勝手にやれば?」


 モジモジしながら告げる2人。

 しかしその直後には、2人そろって強い口調で忠告する。


「「でも絶対、バレないように!!」」

「はいはい」


 繊細な乙女2人を相手に、梶野は本音が口から漏れなくて良かったと、心底安堵するのだった。


「(思春期の女子、面倒くさい……)」



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