第88話 乙女たちの悩み(面倒くさい)
『パパ活JKの弱みを握ったので、犬の散歩をお願いしてみた。』
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「お待たせー」
「あ、おはようごじゃいます……」
しっかり一言目で噛んだのは、もちろん神楽坂。
タクトと共にいつもの河川敷にやってきた梶野を、やはり少し緊張気味に迎えた。
そしてこの場には、もう1人。
「幕上ちゃんも、おはよう」
「お、おはようございます……」
幕上姫芽。
えみりの同級生の女子だ。
梶野にとっては彼女がここにいるのもさることながら、神楽坂と行動を共にしているのが驚きだった。
「お呼び立てして、しゅみません」
「いや全然大丈夫だよ。いつもこの時間はタクトの散歩するしね」
タクトはというと「昨日も会いましたねお二人さん!さては僕の追っかけですね?」とドヤ顔である。
昨晩、神楽坂から梶野宛にメッセージが送られた。
自分と姫芽の相談にのってほしい、とのこと。そうして今日ここに集まったのである。
加えて、ひとつの約束事があった。
「約束通り、乃亜ちゃんとかえみりには内緒で来たよ」
「すみません梶野しゃん、変なお願いして……」
「問題ないよ。乃亜ちゃんは花野さんと約束があるみたいだし、えみりも今日は来てないし。でも……なんで?」
この『なんで?』には、色々な疑問が内包されている。
なぜ乃亜とえみりには内緒なのか。なぜ姫芽も一緒なのか。そもそも相談事とは何なのか。
「でも僕で良いの?相談相手なら花野さんとかが良いんじゃない?」
「じ、実は日菜子さんも、ほんの少し関係してて……梶野さん以外に頼れる人がいなくて……」
「ほう……幕上ちゃんも?」
「わ、私は……南さんが一緒に相談しようって言うから……」
姫芽はそこまで乗り気でないらしい。
ただそれ以上に、神楽坂のことを下の名前で呼んでいることに梶野は驚いた。たった1日でどれだけ距離が縮まったのか。
ひとまず2人の話を聞いてみることに。
まずは神楽坂。彼女は梶野の方をあえて向かず、噛まないように慎重に話していく。
「実は、夏休み明けから乃亜と私と話してくれるクラスメイトが2人増えたんです」
「ああ、乃亜ちゃんから聞いたかも。新しい友達の話」
ふと、梶野は問いかける。
「もしかして、神楽坂ちゃんはその2人とうまく行ってないとか……?」
「いえっ、それはないでしゅ!」
神楽坂はとっさに梶野に顔を向け、キッパリ否定した。
「すごく良い子たちなんです。私と乃亜に対する距離感も絶妙で、ちょうど良いところで会話に交ざってくれるというか……とにかく、私も2人と仲良くなれてすごく嬉しいんです。でも……」
頬にまつげの影を落とす神楽坂。
「2人への乃亜の接し方が、モヤモヤするんです……」
「えっ……乃亜ちゃん、そんな態度悪いの?」
「違うんです。乃亜は山瀬さんにも皆川さんにもフランクに、何なら優しく接してるんです」
「……ほう」
なぜそれがモヤモヤするのか。
神楽坂が語る。
「な、なんでそんな風に、私にも接してくれないのかなって、思って……」
「……んん?」
「乃亜ってなんか、私に対してだけ冷たいというか……ぶっきらぼうで、雑なんです。これっておかしくありません?」
ここから、神楽坂の語気が強まっていく。
「だって、私は乃亜にとって高校で最初の友達じゃないですか!それに友達になった経緯も普通じゃなくて、ドラマティックだったじゃないですか!」
「う、うん、そうだね」
「でしょ!?なのに乃亜は私に対しては雑で、そのくせ新しい友達には優しくして!」
そうして最後に言い放った言葉が、神楽坂の思いのすべてを集約していた。
「つまり、乃亜はもっと私のことを大事にするべき!!!」
力のこもった主張に、梶野は気圧され、タクトも目を丸くしていた。
ただ、その一部始終を梶野と共に聞いていた姫芽は、興奮した様子で叫ぶ。
「南さんっ、その気持ちすっっっごくよく分かります!」
「ええっ!?」
共鳴する姫芽に、梶野は思わず驚きの声を上げる。
「だよね!?姫芽ちゃんもそう思うよね!?」
「はい!ほんと分かってない、あのギャルビッチは!それと、梶野も……」
姫芽の言う『梶野』とはえみりのことである。
「幕上ちゃんも、えみりに何か不満があるってこと?」
梶野の問いかけに、姫芽は「しまった」といった顔をした。
神楽坂と違い、姫芽はまだ梶野のことを信用してはいないようだ。それでも観念したらしく、語り始める。
「……梶野とは今年、3年ぶりに同じクラスになったの。1年生から3年生まではずっと一緒だったんだけど」
「へぇ、そうなんだ」
「しかも、けっこう仲良かったの。休み時間はよく一緒に遊んでたし、おうちに行ったこともあるし、下の名前で呼び合ってたし……」
姫芽は話せば話すほど、声のトーンを落としていく。
しかし、次の瞬間――。
「なのにっ!せっかく3年ぶりに同じクラスになれたのに!すごく冷たいの!!!」
神楽坂と同様に、突如爆発した。
「私に対してだけ、なんか素っ気ないの!雰囲気もなんか変に大人びてるし!昔のえみりはもっと柔らかくて、可愛かったのに……!」
「お、落ち着いて幕上ちゃん……」
「何より、今年同じクラスになって初めて顔合わせた時、アイツ私のことなんて言ったと思う!?」
姫芽は溜めに溜めて、言い放った。
「『幕上』って言ったの!あの頃は下の名前で呼び合ってたのに!久々に会ったら苗字で呼んできたの!だから私も『梶野』って言うしかなくて……もぉぉぉぉ!!!」
怒りを爆発させる姫芽。
例によって梶野とタクトはその姿を呆然と見つめる。そしてやはり神楽坂は、共感する。
「うんうんひどいね!それはえみりちゃんがひどい!姫芽ちゃんは何も悪くない!」
「うわーーん、もう南さんしか信じられないーーー!」
抱き合い傷を舐め合う神楽坂と姫芽。
それを傍から眺める梶野は、心の中で叫ぶのだった。
「(申し訳ないけど……メンドくさーーーーっっ!)」
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