第87話 梶野パイセンと琥珀くん

 散歩を終え、ガヤガヤと騒がしく梶野家に入ってきたのは3人と1匹。


「ただいまー了センパーイ」

「ちゃん乃亜も来ましたよー!」

「はいタクト、ふきふきするから足あげてー」


 乃亜とえみりと琥珀はゾロゾロと玄関に現れる。神楽坂と姫芽は帰ったらしい。


 リビングに入った瞬間、琥珀が「あっ!」と声を上げる。


「風邪っぴきのパイセンが仕事なんてしてるぞー!捕らえろー!」

「こらーーーカジさんパイセーーン!」

「うわっ、バレた!」


 マスクをしてデスクに向かう梶野は、突進してくる乃亜にうろたえる。

 腕にしがみつき嗅ぐ乃亜には、さすがに観念する他なかった。


「ちょっとだけ仕事が残ってたんだよ……昨日はバタンキューしちゃったし」

「休日に仕事するなんて言語さんが道断だーーー!」

「そうだー!言語さんが道断マインドでピキピキだー!」

 

 騒ぎ立てる琥珀と乃亜を傍から眺め、えみりは冷静に呟くのだった。


「うすうす気づいてたけど……この2人、なんか似てるよね」


 梶野を仕事部屋から引きずり出せたところで、乃亜がふと琥珀に尋ねた。


「琥珀ちゃんって自営業ってヤツだよね。今日はお休みなの?」

「そーだよ。今日も明日も明後日も休みー。2週間くらいのんびりしよーかなーって感じ」

「えーいいなー!羨ましいー!」

「そっか、フリーのイラストレーターならいつでもお休み取れるもんね」


 こんな感想を漏らす乃亜とえみりだが、梶野は苦笑しながら琥珀の代わりに訂正する。


「いやいや、逆だよ」

「え、何がすか?」

「2年間以上休みなく働いて、やっと2週間の休暇ができたんだよ、琥珀は」

「「えええっ!?」」


 乃亜とえみりはそろって驚愕。

 そんな2人を見て琥珀は「あっはー、良い反応」とおかしそうに笑っていた。


「や、休みなくって……ええ!?」

「ラノベにゲームに画集、果ては個展まで重なったからねぇ、この2年くらいは」

「そ、そっか……フリーランスで決まった休日がないってことは、むしろ休みがな口なることも……」

「まーでも、4時間くらいで『もういいやー』ってなる日もあるし、そこまでキツくはないよ」

「うひ〜、ある意味カジさん以上のブラックじゃないですか〜」


 神絵師の日常は少女たちにとって別世界の話だったらしい。しばらく呆けていた。

 そんな琥珀に、梶野は眉間にシワを寄せつつ告げる。


「そんな貴重な休みに、なんでウチ来てんだよ」

「あ、ひどいなーパイセン。看病してあげたのにー」

「それはありがとうだけど……せっかく休み取れたんだから、奥さんと過ごせよ。旅行に行くとかさ」

「それは来週末に行くー。今日は嫁ちゃん、友達とランチだから良いんすよ。センパイこそ、休日いっしょに過ごす彼女とかいないんすかー?」

「……俺の話は良いんだよ」

 

 自然な会話を繰り広げる梶野と琥珀。それを、乃亜とえみりは目を丸くして聞いていた。


「ん?どうしたの、2人して変な顔して」

「いや、こんなカジさん見たことないなって……」

「え、そ、そう?」

「私たちと接するより、ぶっきらぼうな感じ。ちょっとびっくりしちゃった」

「カジさんが『俺』って言うのも初めて聞いたしー。レアなカジさん見ちゃったなぁ」

「や、やめて……なんか恥ずかしいな」

「あっはーー、僕に対しては昔からこんな感じだよー」


 気の置けない男同士のちょっと雑なやりとりは、少女たちには新鮮だったらしい。

 ニヤニヤする乃亜たちとは対照的に、梶野は変な汗をかいていた。


「ねーねー琥珀ちゃん、カジさんって大学生の時、どんな感じだったの?」

「あーそうだなー。基本は面倒見のいいセンパイだったけど……女慣れしてなくて、女子に対してはいつもオドオドしてたなー」

「お、おい琥珀!やめろバカおまえ!」

「えー、カジさん可愛いー!」

「あと、いっつも似たような服着てたね。夏はもう毎日、白Tシャツ。家に行ったら白Tがズラッとベランダに干してあって笑ったよ、あっはーーーっ!」

「うそー、美大生なのにー?」

「やめーーーい!!!」


 その後も琥珀による過去話が繰り広げられ、乃亜とえみりは興味津々に拝聴。

 梶野は最後まで頭を抱えていた。


   ◇◆◇◆


「それじゃ、僕もそろそろ帰りますかねー」

「ああ、もう二度と来るなよ」

「そんな〜、ひどいよ了センパーイ!」


 わざとらしく泣きつく琥珀に、梶野はひどく面倒臭そうな表情を浮かべる。


 乃亜とえみりはすでに帰り、幾ばくか先輩後輩水いらずの時間を過ごした梶野と琥珀。

 ただ梶野は、過去を暴露されてご機嫌ナナメであった。


「みんな良い子でしたねー、乃亜ちゃんもえみりちゃんも神楽坂ちゃんも姫芽ちゃんも」

「そうだな。幕上ちゃんは俺もまだそんなに知らないけど」

「僕としては、乃亜ちゃんと了センパイの関係が気になるところですけどねぇ」

「……それは昨日言っただろ。ただのお隣さんだよ」


 普遍的でない、お隣同士の関係性。

 乃亜と梶野の奇妙な繋がりには琥珀も思うところがあるようだ。


「ま、今はまだそういうことにしておきます。他にも気になる関係性があるしー」

「……その悪い癖まだ直ってないのか」

「えー人聞きが悪いなぁ。これが僕なりの、世界との触れ合い方なんですけどー?」

「だからおまえ友達いないんだよ」

「了センパイがいるし〜」


 ここで、梶野のスマホが振動。

 メッセージの差出人、そしてその内容を読んで、梶野の琥珀を見る目はいっそう訝しげになった。


「……これもおまえの仕業か?」


 梶野がチャット画面を見せると、琥珀はとても愉快そうに笑うのだった。


「あっはーー、さてどうでしょうねぇ」



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『パパ活JKの弱みを握ったので、犬の散歩をお願いしてみた。』

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