第86話 乃亜vs神楽坂、えみりvs姫芽
「わあ、キミも良いキャラデザだね!」
「ひゃ!え、み、眠ちょ……へぇっ?」
土曜日の河川敷。
神楽坂と琥珀が初遭遇。神楽坂は慌てふためいていた。
「あ、あにゃたが、眠ちょすしぇんしぇい、にゃん……?」
「あははー、留学生の子?どうりで日本人離れした身長だと……」
「琥珀ちゃん違う。こいつ噛みまくってるだけの日本人」
「あ、あわわわ……」
神楽坂は昨夜、乃亜から衝撃のメッセを受け取った。
『明日、眠ちょすと会わせたろか』
イラストレーター眠ちょすといえば、その界隈では知らぬもののいない、いわば神絵師である。
神楽坂は飛び上がって喜んだ。
彼女はれっきとした、眠ちょすファンなのだ。
梶野と眠ちょすが知り合いだとは知っていた。なので疑うことなく、この河川敷にやってきたわけだ。
するとそこにいたのは、ピンク髪男。
神楽坂がここまで動揺するのは無理もない。
「み、眠ちょす先生って、女性だと思っていました……」
「あーそうなんだよね。顔出ししてないし、SNSでも生活感出さないようにしてるせいか、ネットでは女性認定されてるんだよねぇ」
「あ、あと、服飾とか装飾の細部へのこだわりも、女性だと思われてる要因かも……私も眠ちょす先生のそういうところに憧れてて……」
「いや、本人の顔を見て言えよ」
「む、無理でしゅ!」
乃亜を見つめながら琥珀と会話、という珍妙な状態の神楽坂。それはもちろん緊張だけが理由でない。
「ごめんね琥珀ちゃん。こいつ男性恐怖症で、男と喋る時は噛み噛みになっちゃうんよ」
「の、乃亜!年上の人、しかも神絵師さんにちゃん付けなんて失礼でしょ!」
「顔を見て話さない方がよっぽど失礼だと思うけどな」
「あっはーーー、神楽坂ちゃんも面白い子だねぇ」
さらにこの河川敷には、JKだけでなくJSもいた。
「琥珀さん、了くんは大丈夫ですか?」
「うん。昨日よりだいぶ楽になったみたい。病み上がりだからタクトの散歩は僕が引き受けたんだけどね」
「はー、良かった」
「姫芽ちゃんは残念だね。また了センパイに会えずで」
「べ、別に……」
えみりと姫芽も、昨日に引き続き塾の帰りに合流したのだ。
この大所帯にはタクトも「どうしたんですか皆さん!僕のために集まったんですか!?」とハイテンションだ。
「あれ、今ひめめの声した?」
ふと、乃亜がそう言ってキョロキョロと辺りを見回す。
「は?何言ってんのアンタ」
「あれっ、ひめめいたんか!ちっちゃすぎて見えなかったわー、あっはーーーー!」
「はぁぁぁ!?」
挑発的に見下ろす乃亜に、姫芽の怒りは一気に沸騰。
「くだらないのよアンタ!いかにもセンスないギャルビッチが言いそうなボケね!」
「なにをー!?てかギャルビッチじゃねえわ、このチビ!リアルタイム成長痛!逆クワガタ頭!」
「何ですって!?」
またも勃発。
乃亜と姫芽の間には完全に、犬猿の仲が形成されてしまったらしい。
掴み合いになるところを、えみりと神楽坂がそれぞれ止める。
「ちょっと幕上、こんなところで騒がないでよ」
「乃亜!小学生相手になにしてんの!」
ちなみにそれを見るタクトは交ざりたそうに飛び跳ね、琥珀は乃亜の独特な悪口を聞き、あっはーーーっしていた。
「放せ神楽坂!あのプチ饅頭、教育してやる!」
「やめて見苦しい!小学生とガチ喧嘩なんて恥ずかしいと思わないの!?」
「なんだと!?神楽坂おまえ、眠ちょすに会わせてやったのに何だそのマインドは!」
「恩着せがましいな!ていうか私、まだ昨日のこと怒ってるんだからね!」
「まだ言ってんのか!あれは……」
一方、えみりと姫芽はというと。
「放せ梶野!あのビッチのスネ蹴ってやる!」
「やめなよ幕上。ほんと子供ね」
「何を!?アンタだって子供でしょ!」
「あーはいはい、そうですねー」
「何その態度っ、大人ぶってんじゃないよ!この前だってアンタ……」
こちらでも何か、諍いが起きていた。
そして、その様子を傍からじっと見つめる琥珀。
「……むむむ、よし」
何やら意味深に頷くと、琥珀は彼女らに告げた。
「ねーねー、僕アイス食べたい」
大の大人のこの発言に、女子4人は喧嘩を止め、琥珀に注目する。
「買ってこよ。みんなのも奢ってあげるよスタンド・バイ・ミーガールズ」
「でも琥珀ちゃん、ここからコンビニまで結構あるよ?」
「了くんちの冷蔵庫にはあるから、帰りますか?」
「やだ!ここで食べたい!」
「えぇ……」
「なんだこの大人……」
梶野とはまるで違う成人男性の生態を見て、少女たちはドン引きであった。
「乃亜ちゃんとえみりちゃん、僕と一緒に買いに行こ」
「え、アタシらも行くの?」
「だって5人分もアイス持てないじゃん」
「袋を買えば……」
「袋は買わない!僕は環境に優しいマンだからね!」
「マジなんだこいつ」
「環境には優しいけどスーパー自己中マンだね」
結局話を押し通され、乃亜とえみりは琥珀と共にコンビニへ行く羽目に。
そうして河川敷に残されたのは、神楽坂と姫芽である。
「2人は待っててねー、すぐ買ってくるからー」
「は、はい……」
嵐のように去っていく琥珀たち。
「「…………」」
過ぎ去れば、どこか気まずい沈黙。
それもそうだ。なぜなら神楽坂と姫芽は今日が初対面なのだから。
「えっと、姫芽ちゃん?」
「は、はい……ひぇぇ」
ひとまず姫芽は、例によって神楽坂のイケメンオーラにあてられていた。
対する神楽坂も、相手が小学生とはいえ人見知りは通常運転。ひたすら話題に困っていた。
そこでふと、先ほどの光景を思い返す。
「姫芽ちゃん、なんかさっきえみりちゃんと喧嘩してたみたいだけど――」
「あ、えっと、神楽坂さんも――」
ここから不思議な化学反応が起きるとは、琥珀以外の誰も、予想していなかった。
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