第64話 世界が日菜子ちゃんを見つけた日

 どうも皆さん、おはようございます。

 花野日菜子、24歳です。


 ラノベでもマンガでも何でも、過去編に入るとほんのり萎える気持ちって分かりませんか?


 キャラの心の動きに説得力を持たせるため、必要な段取りだということは理解できるんですけれどね。


 私が見ていたいのは彼らの作る未来であって、過去を振り返られても……という気がどうしてもしてしまうのです。


 それに、以前にも言いましたが私は過去(黒歴史)を捨てた人間です。

 過去は振り返るものでなく、捨て去るものだというポリシーがあるため、過去編に入るというそれ自体、妙な抵抗感があるのです。


 さて、そんなわけで過去回に入っていくのでした。


 いやなんでだよ。


 ◇◆◇◆


 長崎県のとある田舎町。

 広い空き地を激走し、ギュルギュルとドリフトを繰り返す軽トラが1台。

 その様子を大人たちは遠巻きに見つめていた。


「ヒャァァッ、ハアァァァーーーッ!」

「コラッーー!やめなさい日菜子ーー!」


 母親の制止も聞かず、日菜子は真っ赤な髪をたなびかせながらゴキゲンで無免許ワイルドスピード 。


 花野日菜子、高2の夏である。


イマジナリー乃亜ちゃん(以下イマ乃亜)『いやいきなり激しいっ!イントロから大犯罪してるっ!』

日菜子『いやでも、私有地だから大丈夫だよ』

イマ乃亜『そういう問題じゃなくね!?』 


 その日のうちに、日菜子は学校の職員室に呼び出された。


「花野……おまえこの夏休み、何回呼び出されれば気が済むんだ……」

「うるせぇなぁ」

「教師生活30年、荒れた時代も経験してきたが……ぶっちぎりで最悪の問題児だよ、おまえは」


 教頭は頭を抱えていた。

 それはフリでなく、本当に頭痛がしていたからだ。


 花野日菜子という少女は、とにかく大人に反抗していた。小中高と悪名を町中に轟かせていた。


 一番の原因は父親との不和だ。

 建設会社を経営する父は昔カタギの叩き上げ。自分にも他人にも猛烈に厳しい彼は、長女である彼女に対しては特に厳格に接してきた。


 その結果、ヒナミチの完成である。


イマ乃亜『そういや父親とよくケンカしたって言ってたね。その度に相撲を取ってたとか』

日菜子『今年のお盆も帰省した時に取ったけどね』

イマ乃亜『まだ仲悪いのか……』


「そのエネルギー、適した場所で発散できんのか。何かスポーツをやるとか」


 教頭がすがるように尋ねると、その場にいた体育教師がすかさず告げる。


「花野は運動オンチなんですよ。どの競技も総じてダメダメです」

「なんて迷惑な不良なんだ……」

「素直にバスケやっていれば良いんですけどね、ヒナミチなんだから」

「うっせえなオラァッ!」


 失礼な教師陣に、日菜子はパイプ椅子を投げつける寸前だった。

 しかしその時、1人の女性教師が語りかける。


「それじゃあ花野さんには、文化祭の看板作りをやってもらおうかしらね」


 年相応に落ち着いた口調の彼女は、春に赴任してきたばかりの美術教師だ。


「花野さん、絵を描くの好きでしょ?1学期末に描いていた河原の絵、独特で面白かったものねぇ」

「は?別に好きじゃねえし……」

「なんだ花野、おまえにも得意なことがあったのか。良かったじゃないか、仕事もらって」

「いや、やるなんて言ってねえだろ」

「じゃあ今回の騒動の罰として、その看板を描け。もうおまえの反省文の新作、読み飽きたからな」

「なんだそれ!良いのか教師がそんなんで!」

「ちょうど良かったわぁ。文化祭の看板作りなんて大仕事なのに、美術部員の誰もやりたがらないから」


 こうしてあれよあれよと言う間に、文化祭の看板作りという仕事を押し付けられた日菜子であった。



「あれーヒナミチ何してんのー?」

「ヒナミチ、夏休みなのにめっちゃ学校来てない?いつもいる気がするんだけど」

「言ってやるなよ。呼び出されてんだって」

「うるさいなぁオマエら」


 窓の外からワラワラと、運動部の女子生徒が集まってきた。日菜子は面倒臭そうに対応する。


 彼女たちは日菜子のいる教室を確認すると、さらに驚きを重ねる。


「え、ここ美術室じゃん。ヒナミチって美術部だっけ?」

「ちげぇよ。『罰絵』を描かされてるんだよ」

「罰絵?もしかしてそのでっかい板に絵を描くの?」


 肯定すると、大半は驚き笑っていたが、何人かは納得するような表情をしていた。


「ヒナミチ、絵うまいもんね」

「え、そうなの?私ヒナミチの絵見たことなーい」

「私は見たことあるよー。色使いが独特だよね。特に赤色がさ」


イマ乃亜『女の子たちには友好的だね、ヒナミチ。鬼ったけ好かれてるじゃん』

日菜子『別に、触るもの皆傷つけていたわけじゃないから』


 すると女子らにつられ、運動部の男子たちも美術室を覗きに来た。


「何集まってんだ……うわっ、花野が美術室にいるじゃん!」

「マジかよー似合わねー!」

 

 失礼な言葉を投げかける男子たち。

 彼らの登場に、ヒナミチは目の色を変えた。


「おいテメェら……いますぐそのうるせえ口を閉じねえと、ケツの穴にこいつ突っ込むぞオラァッ!」


 日菜子は青筋を立てながら、大きめのデッサン人形を握って窓へ近づいていく。


「なんて恐ろしいことを言うんだ!」

「花野ならやりかねねえ!逃げるぞ!」


 男子たちは慌てて立ち去った。

 グレた理由が父親であるため、この頃の日菜子は男子も目の敵にしていたのだ。


イマ乃亜『神楽坂とはまた違う感じの男嫌いだね』

日菜子『そーね。男性とまともに会話するようになったのは大学からだね』

イマ乃亜『顔はいいのにもったいない』


 野次馬の女子もいなくなり、日菜子は美術室に1人。


 蝉の声と、運動部のかけ声。

 ホコリっぽい、絵具の匂い。


 自分の背丈以上ある、真っ白な板。

 

「…………」


 のちに日菜子は知る。

 この場所から、彼女の人生は少しずつ変わっていくこととなった。



 つづく

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