第58話 戦う時だぞ日菜子さん!

 どうも皆さん、おはようございます。

 花野日菜子、24歳です。


 女の友情と一言で言っても、そこには本当に様々な形があります。


 ほんの少しの触れただけで亀裂が走るような繊細なもの、ちょっとやそっとじゃ傷つかない強固なもの。

 繊細だからこそ修復がたやすいもの、強固だからこそ一度壊れれば元には戻らないもの。


 人によって、環境によって、あらゆる姿を見せる女の友情というものは、あるいは生き物のようなものかもしれません。


 そんな女の友情において、猛毒にも万能薬にもなりうる重要なファクターがあります。


 男という存在。

 もっと言えば恋という概念。


 かつて電子のアイドルも歌っていたじゃないですか。

 恋は、戦争なのです。


 ◇◆◇◆


 本日はエマ先輩と2人で、会社近くの洋食店へランチに来ていました。

 食後のコーヒーが運ばれてきたところで、ふとエマ先輩がこんな話を始めます。


「そういえばこの前、高校生の姪からすごい相談されちゃったよ」

「何ですか?」

「なんでも友達と同じ男を好きになったらしくてね」

「あぁ……あるあるですね」

「でも発覚した時には、一緒に頑張ろうって2人とも爽やかに鼓舞し合ったんだって」

「へー、良い関係じゃないですか」


 その話から、どうしても連想されてしまう人物は、もちろん乃亜ちゃんです。


 恋敵と知りながらも私に懐いてきた彼女。

 昨日もメッセージのやり取りをして、今週お茶の約束もしています。もはや友達のような、何なら妹のような存在になってきています。


 果たしてこの奇妙な関係の先に、どんな未来が待っているのでしょうね。

 怖いようで、楽しみでもあります。


 が、そんなホワホワした心情を一蹴するかのように、エマ先輩が爆弾を落とします。


「でもその友達、裏では姪っ子の悪口をSNSに書きまくってたんだって」

「……えっ」

「ムカついた姪っ子は、あえてそのことを奪い合っている男に相談したらしくて……」

「ちょ、ちょっと待ってください……なんか思ったのと違うな」


 朗らかな恋バナかと思いきや、ドロドロの要素が追加されてまいりました。


 私と乃亜ちゃんを彼女らに重ねて聞いていた手前、だいぶ居心地悪くなってきました。

 少々、思考を整理する時間が必要です。


 もしもバッドエンドなら余計に……。


「結果、姪っ子とその男、流れでヤっちゃったみたい」

「待ってって言ったじゃないですかーーっ!」


 この人は平然と何を言っているのでしょうか。昼時の飲食店で。


 ていうか『流れでヤる』って何ですか。

 何をヤッたんですか。

 腕相撲とかですか。


 ただ、この話から無理やり教訓めいたことを抽出するなら、女の友情はかくも脆いというところでしょう。


 恋は戦争なのですから。


 私と乃亜ちゃんだって、こうなってもおかしくはないのです。

 どんな手を使ってでも、梶野さんを奪った方が勝ちなのです。


「……でも良かったじゃないですか、姪っ子ちゃん。過程はどうあれ好きな人と結ばれて。それで、何を相談されたんですか」

「それがなぁ、実はその男が四股男だと発覚してさ。そいつを社会的に抹殺する方法を教えてくれって聞いてきたんだよ。ダメだね、男ってのは」

「…………」


 梶野さんはそんなことしないもんっ!

 そう叫びそうになりましたが、なんとか堪えました。


      ◇◆◇◆


「わーオシャレなカフェ。日菜子さんセンスあるー!」


 乃亜ちゃんとお茶の約束をしていた日。

 会社帰り、私は繁華街にて乃亜ちゃんと落ち合い、カフェへと入りました。


「日菜子さん……ほんとに今週、行かないの?」


 乃亜ちゃんは席につくと開口一番、小動物のような目を向けます。

 

 温泉テーマパークへの誘い。

 もう通算5回目になります。


「何よ、女子会じゃ憎まれ口叩いてたのに」

「うー、だって……」

「行けないものは行けないから、みんなで楽しんできな」


 梶野さんやえみりちゃんや神楽坂ちゃんがいない、2人きりの場になると途端に甘えてくる乃亜ちゃん。

 本当に可愛いです。


 ただ先日、エマ先輩からあんな話を聞いたせいで、ほんのり気が引けている自分もいます。


 このまま恋敵同士が、仲良くしていて良いのでしょうか。


 どうしましょう、SNSに悪口を書かれたら。

 乃亜ちゃんは良い子ですが、10代というのは何をしでかすか分かりません。


 もしそうなったら、私も流れでヤれば良いんですかね?


「とりあえず注文しよ。この店はごはんもけっこう美味しいけど、どうする?」

「んー、カジさんちで食べたいからいいや」

「……ソッカ、リョーカイ」


 ほら。ほらこの唐突な自慢。

 これだから油断できませんよ、このギャルJKは。


 カフェラテ2杯と、私の大盛りペスカトーレ、乃亜ちゃんのモンブランを店員さんに注文。

 その声は、震えていました。


 この小さなやり取りの中にさえ、マウントの取り合いが見え隠れしているじゃありませんか。

 乃亜ちゃんが意識的に言っているのかどうかは別にして。


 やっぱり私と乃亜ちゃんは、近づきすぎてはいけないのではないでしょうか。

 私たちはただ1人の想い人、梶野さんを取り合っている間柄なのですから。


 この時、私はひとつ決めました。

 今日は試しに、乃亜ちゃんを友達としても妹としても見ません。恋敵として認識します。


 今日のこの小さなマウントの取り合いにさえ、私は全力を尽くします。

 小さな戦争を制してこそ、最後に勝者になるのです。


 だから今日だけは、バチバチにやり合って見せますよ!


「ペスカトーレ美味しそー!日菜子さん一口ちょーだい!モンブランちょっとあげるから!」

「良いよー!むしろそれ、私からお願いしようと思ってた!」


 くそ、やっぱり可愛いなコイツ。



 つづく

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