第10話 ランチタイムのコンプラ会議
会社近くのエスニック料理店にて。
「日菜子まだー?店員さん呼ぶよー」
「あぁ待ってください!ナシゴレンにしようか、カオマンガイにしようか……」
花野日菜子は一食一食の出会いを大切に生きている。
今日も今日とてランチメニューを決めかねている彼女をエマが急かす。
「どっちも頼んじゃえよ。どうせ梶野が払ってくれるから」
「いやいや。端数くらいなら払うけどさ」
「え、マジ?じゃあ私、特製ランチセットにしようかな」
「……1999円って書いてあるけど、まさか999円払わせる気か?」
注文を終えたところで、話のトーンが急激に変わる。
「それで梶野……今朝のJKは何なの?」
エマと花野は目撃してしまったのだ。
梶野の社員証を届けにきた、ギャルJKの姿。
答えによってはコンプラ違反。
場合によってはお巡りさんこっちです。
梶野の直属の後輩である花野は、どこか祈るような瞳で見つめる。
「お隣さんだよ、ただの。社員証が玄関に落ちてたから、持ってきたんだって」
花野とエマは一度、目を合わせた。
ツッコミどころ満載の回答に対し、代表してエマがカチ込む。
「あのね、梶野。『ただの隣人』の社員証を、わざわざ会社まで届けに来る女子高生がどこの世界にいるの?」
「びっくりだよね、ほんと」
「梶野さん、真剣に答えてください。私の目を見てください。ほら」
本当に面倒な2人に見られたものだ。
梶野は深いため息をつき、白状した。
「最近よく話してるのは事実だよ。犬の散歩をお願いしたりもしてる」
「あの子ね。名前なんだっけ……ペスト?」
「タクトな」
「猛烈に食欲なくす単語やめてください、エマさん」
質問してきたくせに何故茶々を入れるのか。
「社員証持ってきたのは僕の職場見たがってたのと、授業サボる良い口実だったからじゃないかな。学校好きじゃないみたいだし」
「確かに、いかにも勉強より大切なものを探してる顔だったね」
「どういう偏見なんだよ」
「見つかると良いですね、大切なもの」
「意外と近くにあるもんだよ。例えば日菜子、君とかね」
「きゃークサーい♪鼻もげるー♪」
もう帰って良いだろうか。
愉快そうに軽口を叩いていたエマ。
だがここで一転して、真摯な口調で語りかける。
「『仲良い女子高生とアラサー男』という間柄にも、いくつか種類があるよね」
「……例えば?」
エマはレモン水で一度口を潤したのち、言葉を連ねる。
「お醤油の貸し借りをするような、ごく普通のご近所さん。もしくは社会的には微妙な線引きにある『感情』を持ち合った関係」
「…………」
「もうひとつ、言いたかないが……金銭授受が約束されてる関係」
花野の息を呑む音が聞こえてくるようだった。
「1つ目だよ、僕の中ではね」
緊張感を切り裂くように、梶野がはっきりと告げる。
その答えに対し、花野が疑問。
「僕の中では、というのは……?」
「3つ目は絶対にないよ。でも2つ目に関しては、僕にその気が無くても、向こうがその感情を持っている可能性はある」
いくらなんでも、『ただの隣人』にここまで構う女子高生はいない。
それに気づかないほど梶野は鈍感じゃない。
「まあ、それは梶野にはどうしようもないよな。あの年頃の女子なら大人の男に興味を持ってもおかしくはない」
「そうですねぇ……私も学校の先生とか、普通にいいなーって思ってましたね」
その部分に関しては、やはり同性のほうが共感できるようだ。
「2人の関係については、まあ梶野の言うことを信じるよ。でもさ、どういうきっかけでそこまで仲良くなったの?」
「確かに。お隣さんってそこまで交流持たないですよね、都会だと。私なんて隣に住んでる人の顔すら知りませんよ」
キュッと梶野の喉が詰まる。
まさか本当のことを言えるわけがない。自分のためにも、乃亜のためにも。
「きっかけは……タクトかな。散歩してる時に会って、いろいろ話してるうちにタクトの散歩をお願いするようになって。話を聞く限り家族ともうまくいってないみたいだから、癒しになればと思ってね」
我ながらよくつらつらと嘘が出るものだ。
「お節介ですもんねぇ梶野さんは。タクトくんも拾っちゃったんですよね」
「『も』って何だよ。女の子を拾った覚えは無いよ」
「あはは、すみません。要は、梶野さんは優しい人だなぁってことです」
感嘆する花野に対しては、ほんのり罪悪感。
「そういうことなら安心だね。一時はどうなることかと思った」
「ほんとですよ。でも梶野さん、本気になったらダメですからね」
「分かってるよ」
「でも高1なら、向こうももうすぐ結婚できるだろ、法律的に。別にそうなっても私は祝福するよ」
「ダ、ダメですよそんなの!ダメですからね梶野さん!」
「大丈夫だって。エマは結局どっちなんだよ」
そこへ、注文した料理が運ばれてくる。
「わーい!」と花野はスマホで写真を撮って満足げな表情。
「さ、食べようか。話も終わったとこだし」
「はい!いただきまーす!」
独特なスパイスの香りが漂う中、3人そろって食べ始める。
だが不意に、エマが告げた。
「そうだ、梶野」
「ん?」
「どんなに仲良くなっても、JKを家に入れたらダメだよ。それだけでお縄になることもあるんだから」
「……ウン、ワカッテルヨ」
その時、梶野は感情を殺した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます