第46話 乃亜の夏休み、の計画会議

 みんなで夏っぽいところに行く。

 紆余曲折ありながら無事に始動したこの計画。日にちはお盆前の日曜に決定した。

 

 では、行き先は?

 その議題に入って幾ばくか。

 会議は早くも暗礁に乗り上げていた。


「「「…………」」」


 毎度おなじみ梶野家リビングにて、乃亜えみり神楽坂の3人は、睨み合っていた。

 不穏な雰囲気に、タクトも3人から少し距離をとって心配そうに眺めている。


「ゼーーーッタイに、海がニューエラ!!」


 この乃亜の叫びにより、再びリビングが熱気を帯び始める。


「夏といえば海でしょ結局!いつだって海水浴が王道でありニューエラだ!」

「そんなことない!てかこの前、私が提案した時は真っ先に拒否したくせに!」

「この前はこの前ですぅ〜。時代はとどまることなく移り変わるのですぅ〜。まさにニューエラ!」

「あー鬱陶しいなっ、その新しい乃亜語!」

「NewEraは英語だけどね。でも雰囲気は乃亜語だよね。難解だよね乃亜語」


『ニューエラ』とは広義に解釈すると、良い・すごい・新しいなどのポジティブな感情を表現する乃亜語である。


 あくまで乃亜のフィーリングに依る表現であるため、使用には注意が必要だ。


「とにかく海が良いの〜!大自然の中、アタシのニューエラな水着姿で、カジさんを悩殺するんじゃい!」

「めっちゃ下心!この前はナンパがどうとか言ってたくせに!」

「ナンパなんてカジさんが蹴散らしてくれるもん!そうしてカジさんはアタシという存在の大切さを再確認して……フゥ〜夏が2人を急接近させるぅ〜!」


 妄想で小躍りする乃亜。 

 海には彼女の夢や希望や欲情がいっぱい詰まっているのだ。


 対して、神楽坂が推すのは。


「絶対にアウトレットが良い!」


 郊外にあるアウトレットモール。

 100以上の店舗を有する他、アスレチック施設も隣接された人気スポットだ。


 何より、神楽坂を惹きつける要素は……。


「6月にできたばっかりなんだよ!?行きたいじゃん自慢したいじゃん優越感に浸りたいじゃ〜ん!」

「ミーハーマインド丸出しじゃねえか!」


 実は超ミーハーな神楽坂。

 彼女にとってこの出来立てホヤホヤのアウトレットは、垂涎ものの場所なのだ。


「神楽坂こそこの前と言ってること違うじゃん!海はどうしたフェスはどうした!」

「だって、その時はこのアウトレットのこと知らなかったから……」

「ニワカにも程があるわ!」

「ニワカでも良いじゃ〜ん!行きたい〜日本初上陸のドラゴンフルーツあんかけパスタ食べた〜い!」

「なにそれ怖っ!」


 互いの主張をぶつけ合う乃亜と神楽坂。

 そこで黙っていないのは、えみりだ。


「2人共、はっきり言って自分勝手すぎ!」


 小6とは思えない鋭い眼光で、2人の高1を睨みつける。


「乃亜ちゃんも神楽坂ちゃんも、了くんのこと考えてなさすぎだよ!」

「どういうこと?」

「海もアウトレットも、遠すぎってこと!」


 梶野が3人に求めた条件は、日帰りで行ける東京近郊のスポット。

 必要ならレンタカーを梶野が運転して良いとも話していた。


「そうは言っても、遠すぎたら了くん疲れちゃうでしょ!せっかくの休日なのに!」

「でもえみり先生、海に行ったらリラックスできるでしょ」

「そうだよ、アウトレットでだってストレス解消できるよ」

「自分たちの立場をよく考えて。私たちは未成年。これがどういうことか分かる?」


 首をかしげる乃亜と神楽坂に、えみりは強い口調で言い放つ。


「責任感の強い了くんだから、どこへ行くにしても、まずとしての意識が働いちゃうってこと!」

「なっ……」

「た、確かに……」

「だから少しでも了くんの負担が少ない場所がベストでしょ!?そんなわけで、行くべき場所はひとつ!」


 演説の末、えみりが推薦する行き先は。


「東京ミライ美術館『移り行く東京、建築に見る時代の変遷』展しかないでしょ!」

「いやそれは流石に渋すぎるって!」

「全然夏っぽくないし!」


 まったく小学生らしくない提案に、女子高生2人は猛烈な勢いで首を振る。


「展示会の後は古本屋巡り、スパで汗を流して、お蕎麦屋さんで締め。はい完璧」

「ジジイすぎる!大人の休日すぎるって!」

「今一度言うけど全然夏っぽくない!」

「60年代の渋谷の風景って良いよねぇ……最高の展示会だぁ」

「何その感性!てかえみり先生も自分のことしか考えてないじゃん!」


 ついには三つ巴の言い争いに発展。

 楽しい行楽の計画のはずが、3人はキーキーと喚き合って収拾がつかない状態に。


 そこへ割って入ったのは、意外な存在だ。


「えっ……ヘブッ!」


 突如としてタクトが、乃亜へとダイブ。

 タクトのボディアタックを顔面で受けた乃亜は仰向けに倒れた。


「うわぁどうしたのタクトくん!」

「私たちがケンカしてるのを見て、仲裁しようとしたのかな……」


 タクトはスンッとした表情で、何事もなかったかのように乃亜から離れる。

 乃亜は「野生の匂いがしたぜ……」と呟きつつ、ふと疑問を抱く。


「そういえば……私たちが遊びに行ってる時、タクトはどうするの?」

「あー……たぶん、ペットホテルに預けるんじゃないかな」

「そっか。日帰りとはいえ、タクトくんを一日中、家に放ってはおけないよね……」


 タクトを想い、我に返った3人。

 思えばこの3人を引き合わせたのは、タクトという存在でもある。


 乃亜がタクトの散歩をするようになったことでえみりと出会い、乃亜があの土手で散歩していたから神楽坂と仲良くなった。


 そんなタクトは今、乃亜の前にお座りし、撫でてほしそうに見つめている。


「……タクトなしで、私たちだけで楽しむのって、なんか違うかも」


 ポロっと乃亜がこぼした一言に、えみりと神楽坂も賛同する。


「うん、そうだね」

「じゃあタクトくんと一緒に行けるところにしようか。大きな公園とか」

「あ、ドッグランとか楽しそう」


 そうして3人は、先ほどの諍いがウソのように、スムーズに議論を進めていく。

『タクトと遊べる場所』

 3人の間でテーマが定まれば、何ひとつ問題は起きなかった。


「ここ良いね。犬と一緒にBBQもできるよ」

「ドッグランも良い感じだし、公園自体が広くて色々あるから一日中遊べそう」

「電車で40分だって。まあまあ近いね」

「よーしじゃあここに決定!」


 自然と湧き上がる拍手。

 ほぼ当事者といえるタクトはその状況を見て「何ですか!楽しそうですね皆さん!」といった顔ではしゃいでいた。


「それじゃあカジさんにも連絡して……あれ、メッセージ来てる」


 それは日菜子からのメッセージだった。


『これ、お得意様からもらったからあげようか?最近できた大型温泉テーマパークの割引チケットだって。私は行かないから、みんなで行ってくれば?』


 添付写真にはチケット数枚が写っていた。


「「「…………」」」


 そのメッセージを熟読し、思わず押し黙ってしまう3人。

 静かに、それぞれのスマホでそのテーマパークについて調べ始めた。


「カップルにもオススメ、水着で遊べる温泉テーマパーク……」

「7月にできたばかり、テレビや雑誌でも特集された超人気スポット……」

「温泉の種類も数多く、体を癒すのにもピッタリ……場所は電車で1本で30分……」


 目を合わせると、3人は小さく頷いた。

 言葉なく、合意が交わされた瞬間だった。


「……整列」


 乃亜の言葉を合図に、3人はタクトの前に並び、正座。そして深々と土下座する。


「タクトさん、すみません。当日はペットホテルでお願いしやす」


 タクトはハフッとどこか呆れるように吠える、ただそれだけだった。


 遊びに行く当日までの間、3人はタクトを良い子良い子しまくり、大いに愛情を注いだのは言うまでもない。

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