第23話 それゆけファイトだ日菜子さん!
どうも皆さん、おはようございます。
花野日菜子、24歳です。
皆さん、どうしても譲れないことってありませんか?
私この前、会社の先輩たちと、お酒を飲みながらボードゲームで遊べるお店に行ったんです。
私が一番後輩だったので、ここは盛り上げなければと思いまして。
全員女性ということもあり、あえてちょっぴり下ネタで攻めてみようと、ゲームが始まる直前にこう言ったのです。
「胸を……いや、おっぱいを借りるつもりで頑張ります!」
これが、めちゃくちゃスベったんですよ。
スベりすぎて逆にウケてる、みたいな感じになっちゃって。
でも私、今でも納得できないんです。
だって普通に面白くないですか?
「1周回って面白い」と言う先輩もいましたが、いや1周目から面白いし、と心の中では譲りませんでした。
このように絶対に譲れないものって、誰にでもありますよね。
さて、ところ変わりまして。
今もまた私は、譲れない状況にありました。
「……なので、試験が終わった気晴らしに、連れてきてもらったんですよ〜」
「そうなんだ〜、乃亜ちゃんはおねだり上手だねぇ」
「え〜そんなことないですぅ」
展示会場のすぐそばのカフェにて。
私と乃亜ちゃんはウフフアハハとお喋り。
同席する梶野さんは微笑ましそうに、えみりちゃんはどうしてか不安そうに、私たちを見ていました。
「女の子同士ってすぐ仲良くなるね。すごいなぁ」
「私は、了くんの方がすごいと思うな」
「え、なにが?」
「引き寄せる力というか……吸引力?」
「掃除機の話してる?」
この会話だけで、えみりちゃんの察しが良いことは伝わりました。優秀なJSです。
その時でした。
乃亜ちゃんの目が妖しく光ります。
「掃除機といえばカジさんちの、この前使ったんすけど、吸引力弱くないですか?」
「あ、そう?あれ入社した頃に買ったから、もうボロいのかも」
「買い換えた方がいいっすよ!帰りに電気屋さん見てく?」
梶野さんと乃亜ちゃんの、自然な会話。
それを聞いて私は、心肺が停止しました。
たぶん白目も剥いています。
えみりちゃんは「仕掛けたっ……」といった顔で生唾を飲みます。
私は噛みしめるように、尋ねました。
「……梶野さん。今の話だと、乃亜ちゃんがおウチに出入りしているような……」
梶野さんは「あ……」と漏らし、気まずそうに苦笑する。
そうして小さく頷いた。
「……もう。エマ先輩が釘さしてたのに」
「でも本当、仲良いお隣さんってだけで、いかがわしいことは何も……」
「分かってますって。まあそうなのかもなーって、薄々勘付いていましたから私」
嘘で〜〜〜す!!!
今の私、驚きと嫉妬で五臓六腑が爆散しそうで〜〜〜す!!!
ここが公共の場でなければ血涙と鼻血とゲロが同時に噴き出てま〜〜〜す!!!
「(このJK、これ見よがしに親密さアピールしやがってっ……!)」
こうなれば戦争です。
私もどうにかマウントを取らねば気が済みません。何か無いか、何か……!
「(そういえば乃亜ちゃん……さっき梶野さんのうなじを嗅いでいたな)」
かろうじてひとつ、思いつきました。
「梶野さん、休日も私の香水、つけてくれてるんですね」
「もちろん。本当に気に入ってるからさ。ありがとうね本当」
「いえいえ。そんなに使ってもらえるなんて嬉しいです」
この会話にえみりちゃんが首を傾げます。
「了くんの香水、花野さんからもらった物なの?」
「うん、去年の誕生日にね。それから毎日つけてるよ。センスいいよね花野さんは」
「え〜そんなこと無いですよ〜」
そうなの、乃亜ちゃん。
君が今まで嗅いできた梶野さんの匂いは、私がプレゼントした香水の匂い。
つまり君は、私と梶野さんの信頼関係そのものを嗅いでいたのさ!!(謎理論)
なんてね。
こんなレベルの仲良しアピールで、家に出入りしてる乃亜ちゃんが動じる訳……、
「……グッ!グガァァッ……!」
って、めちゃくちゃ効いてる!朝日を浴びたアンデッドみたいになってる!
いや何で!?まあいいや、ざまあみろ!!
ここで唐突に、梶野さんが席を立ちます。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「了くん、ハンカチ持ってる?」
「あ、いや無いな」
「も〜、昔も私よく言ってたじゃん、ハンカチ持ってって」
「あはは、ごめん。いつもえみりが貸してくれてたからさ」
「仕方ないなぁ。はい、ちゃんと返してね」
どうでもいいけどこの姪っ子、元カノ感すごいな。
「「…………」」
梶野さんがいなくなると、このテーブルのバチバチ感は一層如実になります。
傍観者のえみりちゃんは「もうお好きにどうぞ」といった顔でオレンジジュースをすすっていました。
ただ、ここで私はふっと力を抜きます。
社会人の貴重な休日。良い展示会を訪れ、好きな人と遭遇して、それなのにここでJKといがみ合って、なんになる。
「乃亜ちゃんにとってさ、梶野さんはどんな存在なの?」
できるだけ柔らかな口調で問いかけます。
乃亜ちゃんは猛獣のような雰囲気から一変、キョトンとしたのち、徐々に顔を赤らめて「え、えっと……」と呟きます。
くそ、可愛いなコイツ。
「カジさんは本当に、びっくりするくらい優しくて……こんなアタシでも受け入れてくれて、なんていうか……人生で出会ってきた中で一番大好きな人、です」
なんて恥ずかしい告白でしょう。
えみりちゃんも、そしてきっと私も、つられて紅潮してしまっている。
人生でってたかだか15歳くらいでしょう。
まぁでも私も24歳だし、人のことは言えないですね。
人生で出会ってきた中で一番大好きな人。
私にとっても梶野さんは、そうかもしれません。いや、きっとそうです。
「あの、花野さん。お願いがあって……」
乃亜ちゃんは言いにくそうに、どこか泣きそうな顔で言いました。
「私とカジさんのこと、秘密にしてほしくて……」
「…………」
「もし大事になったら、カジさんが……」
梶野さんが捕まるのは嫌だけど、梶野さんとは離れたくない。
なんてワガママな要求でしょう。
確かにそれは、私が持つ反則的な切り札。
梶野さんと乃亜ちゃんを引き剥がすことなんて簡単なのだ、この時代では。
ただ、そうするつもりなど私にはサラサラありません。
「分かってるよ。そうなったら、乃亜ちゃんの人生もタダじゃ済まないだろうしね」
「いや、アタシはどうでも……」
「良くないでしょ。梶野さんは乃亜ちゃんを思って、受け入れているんでしょ。その君が自分を大切にしないでどうするの」
「あっ……そっか」
「色々考えて行動してね。梶野さんの為にも」
乃亜ちゃんは素直に何度も頷きます。
えみりちゃんはそんな彼女と私を見比べて、ニコニコ笑っていました。
不意に、乃亜ちゃんが言い放ちます。
「でもっあの、アタシ……負けません!」
大きな瞳で真っ向から見つめ、宣戦布告。
「もちろん私も、負けないよ」
はっきり応えると、乃亜ちゃんは何故か少し嬉しそうに、はにかんでいました。
そこで、頭にバチっと電気が走ります。
ここだ。ここでこそ、再チャレンジだ。
気づけば私はほぼ無意識で、カマしていました。
「胸を……いや、おっぱいを借りるつもりで戦うから」
渾身です。
でもえみりちゃんは「えぇ……」と言った顔で唖然としています。何故だ。
しかし乃亜ちゃんは、まるで異なる反応を見せました。
「えっ、えへへへぇっ、なんすかそれ!ウケる〜〜ひぃ〜〜〜!」
お腹をおさえ、涙を流しながら大爆笑。
その姿を見て、私はしみじみ思いました。
くそ、この子恋敵じゃなければ、最高の友達になっていたなぁ。
梶野さんは帰ってくると「また仲良くなってる」と嬉しそうに笑っていました。
まったくこの人は、私たちの気も知らないで。
その後、乃亜ちゃんやえみりちゃんと連絡先を交換したのち、3人と別れました。
帰宅後、第3のビールを飲み始めると途端に、顔がニヤけてしまいました。
あぁほんと、充実した休日だったなぁ。
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