第24話 犬好きで男嫌いな王子系ぼっち
平日、日の入り頃。
タクトを連れて土手を散歩しているのは、珍しく梶野1人だ。
塾の日でないのでえみりは不在。
試験を終えた乃亜は、どうしても劇場で観たい映画があるとのことで不在。
「ふたりきりは久々だな、タクト」
語りかけるとタクトは「僕の飼い主は誰でしたっけねぇ」といった顔をしていた。
夕日の色を滲ませる梅雨の曇り空は幻想的で、道ゆく人はみな空を見上げている。
ただ梶野は考え事のせいか、俯きがちだ。
「(乃亜ちゃん……えみりとか花野さんと仲良くなったのは良いけど……)」
梶野周りの女性と次々に友達となる乃亜。
それまで話し相手といえば梶野、もしくは『パパたち』のみだったことを考えると大きな進歩だ。
それでも、心配ないとは決して言えない。
「友達いないのに学校行くのって、けっこうしんどいと思うんだよね……」
えみりが言っていたこの言葉の通りだ。
乃亜は強がっているが、寂しくないわけがない。
ひとりぼっちの学校生活を乃亜が送っていると、想像するだけで胸が苦しくなる。
「(どうにかできないものかな……)」
「……あ」
ふと、前から歩いてくる女子が梶野を見てこんな声を漏らす。
目が合うと、何故か視線から逃げるように小さく頭を下げた。
制服姿の女子高生だ。
身長が高く、梶野と同じくらいある。
目は切れ長で顔は小さく、ハンサムショートの髪型も相まって、どちらかと言えば『王子』といった外見の女の子だ。
「(この子、どこかで会ったっけ……?)」
そうしてすれ違う直前、脳にパチッと火花が走る。
「あっ!乃亜ちゃんのクラスメイトの!」
「ひいぃぃぃ!!?」
数日前にもすれ違い、乃亜がどうでもよさそうに説明していたクラスの子だ。
その彼女は今、土手から転げ落ちていた。
「えええぇぇッ!!!」
梶野の声に驚いて足を踏み外したらしい。ぐるんぐるんと何回転もしている。
梶野はその凄まじいコケっぷりにこそ仰天していた。
「大丈夫っ?」と駆け寄ろうとすると、すかさず彼女は声を上げる。
「ひぃっ、だだだ大丈夫れす!!!」
噛んでるし、目は回っているし、大丈夫のようには見えない。
すると、土手から転げ落ちる様を見て遊んでいると思ったのか、タクトが「絶対楽しいヤツだ!混ぜて混ぜて!」といった顔で彼女へ駆け寄る。
重なる無礼に梶野は大慌て。
「わああごめん!タクト戻ってきなさい!」
「だ、大丈夫れす!!!」
またも叫び、噛んだ彼女。
梶野は首をかしげた。
「え、なにが?」
「このままでも、大丈夫、れすぅ……!」
ゆっくり、はっきりと、噛んだ彼女。
タクトにまとわりつかれながら、至福の表情を浮かべている。
よく分からないが、幸せそうで何よりだ。
近くの自販機で缶ジュースを買い、土手でタクトと共に待っていた彼女に手渡す。
「ひぃ、あ、ありがとうごじゃます……」
話しかけるたび悲鳴を上げられるのは少々心にくる。
嫌われているのだろうか。
彼女からそれなりのディスタンスをとりつつ、梶野も座る。
タクトは2人の間を行ったり来たりしながら「どちらが僕と遊びますか?どちらでもいいですよ!」といった顔をしていた。
「えっと、僕は梶野と言います。会社員で、乃亜ちゃんの家の隣人です」
「あ、はい……えっと、私は神楽じゃかと言います……」
おそらく神楽坂と言ったのだろう。
自分の名前で噛む人って本当にいるんだ。
滑舌が悪いのではなく、何故だか分からないが異常に緊張しているようだ。
そんな神楽坂を引き留めてでも、梶野が話したかったこと。
「乃亜ちゃんって、学校でどんな感じ?」
「あ、えと……ぴゃっぴきおーきゃみ……」
「ぴゃ……?」
「すみません……一匹狼って感じです」
え、今噛んだの?
知らない言語なのかと思った。
「やっぱりそっか……」
「で、でもまだ入学して3ヶ月なので、ぼっちなのは香月さんだけじゃない、きゃも……」
「そうなの?」
「私とか……」
「そうなの……」
神楽坂は大きな体を小さく縮こませながらも、タクトから勇気をもらうようにモフモフと抱きしめ、話しだす。
「たまに話しかけてくれる女の子たちはいるんです。でも皆、友達って感じじゃなくて……ものすごくへり下ってくるんです。ずっと敬語だし、こっちから話しかけると顔を赤くして、しどろもどろになって……」
「あぁ、なるほど……」
神楽坂の容姿を見れば納得である。
見るからに女子にモテそうな風貌のせいで、近寄りがたい雰囲気があるのだろう。
難儀な王子様である。
「しかも最近は、そんな私が気に入らないのか、ギャルっぽい人たちから嫌われて」
「うわ、大変だね」
「それどころか、私の周りの子たちとギャルっぽい人たちが対立を始めて、私のせいでクラスが変な雰囲気になってるんです……」
「うわぁお……」
梶野は思わず天を仰いだ。
乃亜の心配をしていたが、彼女のクラスはもはやそれどころではないらしい。
「なら、男子とつるむとか……」
「む、むむむ無理でしゅっ!!」
もげそうな勢いで首を振る神楽坂。
「わ、私、男の人が怖くて……まともに話もできにゃあで!」
「え、そうなの?」
「でしゅ!今もタクトくんと話していると思い込んで、やっと話せているので……」
「そ、そう……ごめんね、ありがとう」
目が合わないのも、噛みまくっているのも、すべてそのせいだったらしい。
ほぼ初対面でもここまで話してくれているのは、タクトがいるおかげだったようだ。タクトに感謝である。
「だって男の子って声大きいし、乱暴だし、喉仏って何ですかアレ怖い……」
「すみません……」
全男性を代表して謝罪する梶野である。
「ちなみにそいつも男子だけど……」
人見知り知らずの能天気犬・タクトを指差して指摘すると、神楽坂は微笑みながら柔らかく撫でる。
「動物は好きです。特に犬は素直で可愛いくて。でもウチでは飼えないから、たまにここで散歩してる子たちを眺めていて、触れ合えればなぁとか思ったり……」
「なるほどね。だから今日もこの前も、ここを歩いていたんだ」
これは良い『友情チャンス』だ。
打算的な大人は心の中でそう思った。
ここでの繋がりから乃亜と神楽坂が仲良くなれるかもしれない。
そうすれば学校でも仲良くなり、互いに孤立から脱却できる。
誰もが幸せになれる良い機会だ。
老婆心丸出しの梶野が神楽坂に語りかける。
「今日は僕だけど、普段は乃亜ちゃんがよくここでタクトの散歩してるんだよ。だから今度乃亜ちゃんとタクト見かけた時は、存分に触れ合ってよ」
嬉しそうに梶野へ目を向けたが、慌てて逸らす神楽坂。
再びタクトを見つめながら会話する。
「い、良いんですか……?」
「もちろん。遠慮しないで」
「い、良い人ですね……タクトさん」
「僕は梶野だけどね」
これで乃亜と神楽坂を結びつけるきっかけ作りができた。
「(ここからこの2人が親友にでもなれば、嬉しいなぁ……)」
と、思いを馳せている時だった。
「ぐぉらぁぁぁァァァ!!!」
「え……きゃあぁぁぁ!!?」
怒声と共に、ギャルの形をしたミサイルが神楽坂に突っ込んできた。
まともに食らった神楽坂は、再び土手をズザザザーッと転げ落ちていく。
「ええええぇぇっ!な、なにっ!?」
衝突事故を目の当たりにした梶野は驚嘆。
その加害者が乃亜であること知ると、さらに仰天する。
「キサマ何しとんじゃオラアァァ!!!」
乃亜が神楽坂を見る目からは、友好的な感情は微塵も感じられなかった。
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