第79話 【お知らせ】香月乃亜は引き続き猫です。

<前回までのあらすじ>

 ちゃん乃亜は猫になりたいようです。


「(わふわふわふ……っ!)」


 梶野猫派疑惑を受け、猫系女子になることを決めた乃亜。

 しかし、猫っぽい行動を取れば取るほど、自分が犬系女子であることを再認識せざるを得なくなっていた。


「そういえば乃亜ちゃん、アイスあるよ。食べる?」

「……あ、ありがとうございます」


 大人しくスンッと佇み、どこかそっけなく答える乃亜。

 事実この程度の猫的行動だけで、かなりの精神が削られていた。


「(もっとカジさんとお話したいマインドなのにー!なんで猫はこんなん我慢できるのー!?)」


 それでも猫にならなければいけない乃亜は、さらに次のステップへ進む。


【猫っぽい女子の特徴②】

 急に態度が変わる


「乃亜ちゃん、アイス美味しい?」

「……美味しいっす。一口食べますか」

「んー、いや大丈夫だよ」

「アタシの!アイスが!食べられないって言うんですかぁぁぁ!?」

「ひぇぇ!?」


 突然の全ギレ。

 梶野は驚きのあまりズルゥッとソファから滑り落ちた。


「ど、どうしたの急に!」

「なんでアタシのアイス食べないんすか!?アタシと間接キスすんのそんなにイヤっすか!?ちゃん乃亜汁が付いてるからイヤなんすかーーー!?」

「分かった食べる!食べるから、ちゃん乃亜汁とか言わないの!」


 恐れおののく梶野はすぐさま差し出されたアイスを一口食べる。


「どうすか?」

「美味しいよ、うん」

「良かった……あぁ本当に良かった……ぐすっ」

「えぇっ……」

「カジさんにアイス拒否ムーブされたら……アタシの悲しみで世界が闇に覆われていました……!」

「そ、そこまで?」

「あまつさえ、ちゃん乃亜汁がイヤって言われたら……!」

「約束したよね?ちゃん乃亜汁って二度と言わないと約束したよね?」


 この数分間で激動する、乃亜の態度。

 その様子にはタクトも「イミフすぎて怖っ……」といった顔で一切近づこうとしなかった。


 ただ、乃亜はというと。


「(急に態度が変わるって、こういうのじゃない気がする……)」


 流石に自覚していた。


【猫っぽい女子の特徴③】

 放置すると不機嫌


「(今日の乃亜ちゃん、いつも以上におかしい……刺激しないようにしよう)」


 ここまでの奇行を受け、梶野は決意。

 しかし、もちろんこれは悪手である。


「………………」

「………………」

 わふっ。

「………………」

「……カジさんはアタシのことが嫌いなんですね……」

「えええぇぇ!!」


 謎すぎる展開に、梶野はまたも仰天。

 乃亜は頬を膨らませながら、目に涙を溜めていく。


「な、なんでそんなことに……?」

「だって、全然構ってくれないし……」

「え、えぇ……」

「いつもならもっと頭ナデナデしてくれるのに……」

「いや、数回しかしたことないよね?」


 この不機嫌ムーブに、梶野はついに尋ねてしまう。


「今日の乃亜ちゃん、おかしいよ?本当にどうしたの」

「べ、別におかしくなんかっ……いつも通りのワンコ系女子ですよ、アタシは!」

「ワンコ系女子……?」


 慌てて印象を修正する乃亜。

 追求を逃れ、心の中で安堵する。


「(危ない危ない、せっかくカジさんを慌てさせるのが、楽しくなってきたところなのに……)」


 なにか別の快感が生まれていた。


【猫っぽい女子の特徴④】

 甘える時は全力


「カジさぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

「今度は何ーーー!?」


 またも態度が一変し、猛烈な勢いで梶野にまとわりつく乃亜。


「わふわふわふっ……じゃなくて、にゃんにゃんにゃん!キャッツ、キャッツ!カジさんカジさんフゥーーー!」


 無防備な背中へ抱きつき嗅ぐ嗅ぐ嗅ぐ。

 梶野が座ればその太ももめがけてダイブ、嗅ぐ嗅ぐ嗅ぐ。

 ここまで我慢していた分、爆発的に示される愛情表現。乃亜は今日イチ活き活きとしていた。


「もう……何でもいいや……」


 最後の最後でとびきり異常な姿を見せる乃亜に、もはや梶野は考えるのをやめるのだった。


「(これだけ猫っぽく振る舞えば、猫系女子だと伝わるはず……!)」


 乃亜は興奮の中で、手応えを感じていた。

 対して梶野はというと。


「(宇宙人と交流するのって、こういう感じなのかな……)」


 微塵も伝わっていなかった。


「……ん?これ、なんでこんなところに……」

「……あっ!!」


 ふと梶野が、ガラステーブルの下から発見したもの。それは、この猫騒動のきっかけになった、猫耳少女が表紙の画集である。


「乃亜ちゃん、これ読んでたの?」

「あ、えっと、そうっすね……」

「すごいよねーこれ。繊細なタッチで」

「そ、そうっすねー、キレーっすねー」


 苦笑しつつ、相槌を打つ乃亜。

 ただ梶野はここで、予想外の言葉を口にした。


「これ、大学時代の後輩の画集なんだ」

「……へ?」

「イラストレーターとして食えてるんだから、すごいよ。大学時代から変なヤツだったんだけど……ん、どうしたの?」


 キョトン、とする乃亜。

 それを見てキョトン、とする梶野。

 不思議な空気がふたりを包んでいた。


「え、じゃあこの画集……表紙買いしたわけじゃ、ないんすか?」

「表紙買い?いやキレイな表紙だけど……これは本人からもらったんだよ。買うって言ったのに」


 言葉を失う乃亜。

 ゆっくりと、頭を整理していく。

 

 猫耳少女の画集を表紙買いしたわけではない=猫には微塵も興味がない=カジさんは圧倒的、犬派!!!!!


「……んんんん信じてましたよカジさーーーん!!!」

「えええぇぇ!?」


 乃亜は、梶野の太ももの上でダバダバする。


「うーーーわふわふわふっ!」

「ホント、どうしたの乃亜ちゃん」

「どうもしてないっすよーー!今日もちゃん乃亜は、ワンコ系女子っすよーーー!」


 乃亜の奇行にまみれたその夜。

 梶野は最後まで困惑し続けるのであった。


   ***


「と、いうことがあったんだよー」

「何やってんだか……」


 昨晩の猫化計画と、その顛末。

 乃亜はえみりとタクトの散歩をしながら語った。えみりはすべてを聞き終え、大きなため息をつく。


「色々なツッコミどころがあるけど……何より、了くんが猫派なわけないじゃん」

「だよねー。よく考えれば分かるよねー」


 乃亜とえみりに呼応して、タクトも「そりゃそうですよ!だって僕がいますからね!」と誇らしげな顔をした。


 えみりは冗談めかして言う。


「こんな可愛いタクトがいるのに猫派なんて言ったら、訴訟もんだよ」

「あははー。確か、に……」


 その時――乃亜は目を疑った。

 えみりも、そしてタクトもそれを見て、稲妻が走るほどの衝撃を受ける。


 2人と1匹の目に映ったもの、それは――。


「よしよし。人懐っこいなーキミ」


 マンションの前で、猫を撫で回して楽しそうに笑う、梶野の姿であった。



 つづく


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『パパ活JKの弱みを握ったので、犬の散歩をお願いしてみた。』

5月18日、ガガガ文庫さまより発売。


持崎湯葉Twitterにて乃亜のキャラデザを先行公開しましたので、ぜひ見に来てください!

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